冬のとある日、早朝。
まだデーデマンもヘイヂも行動を起こす前、しかしセバスチャンは猟銃を手に屋敷内を駆け回っていた。
赤く血走った目で、追うはお向いのご主人ユーゼフ。
しかしユーゼフは歩くのと同じ動作でセバスチャン以上のスピードを出している。
「あはははは、君は朝から本当に元気だねえ」
さわやかな笑顔で、人知を超えた歩行(走行?)方法で赤い絨毯の敷かれたながい廊下を進むユーゼフはどうみても怪奇現象だ。
なにせ見た目はただ歩いているようにしかみえないのだから。
しかも全力疾走のセバスチャンが追いつけない、もう文句無しに生きた不思議である。
「よくもぬけぬけと・・・・・っ!!!」
追いつけないなら止めるまで、セバスチャンは懐から刃渡り7センチほどの小さなナイフを数本取り出し、構えた。
走りながらも肩の位置をなるべく動かさないように定位置で固定し、ごく短い動作で腕を振り上げた。
風を切って飛んでいくナイフが、ユーゼフに届くか届かないかというところで唐突にナイフが消えた。
「チッ・・・・」
セバスチャンが軽く舌打ちすると、前方を走るユーゼフが振り返り、にこりと笑った。
「怒っちゃダメだろう。美人な顔が台無しだよセバスティーナ」
「誰がセバスティーナだこの暗黒大魔王がぁっ!!!!!!」
怒号とともに繰り出される武器の数々を涼しい顔で避けるユーゼフと、めげずにタキシードから武器を取り出しては投げるセバスチャンの追いかけっこはこの後1時間ほど続いたという。
+ + + + + + + +
某月某日、セバスチャンがデーデマン発案、ヘイヂ制作、ユーゼフ実行によるセバスチャン女体化計画により見事性別上女性となったセバスチャン。
仕事仕事仕事仕事、と自らの体など省みず仕事に励んでいたセバスチャン。
性別が変わったことに対して大きなリアクションはしなかった物の、本日夜明けとともに行方不明中だったユーゼフが現れてからは今までの蓄積されたパワーをあますことなく放出していた。
ヨハンにサイズ直しをしてもらったNEWタキシード(完全武装モード)に身を包んだセバスチャンは、笑顔を振り撒きながら邸内を徘徊するユーゼフを追い掛け回しているが一向に捕まらない。
余談ではあるが、ユーゼフ出現と同時刻同地点に出現したヘイヂは生コン詰にされて下水道に流されている。
「っていうか・・・・・・一応気にしてはいたのね、セバスチャンも」
「そりゃあまあ自分の性別を強制転換されたらなぁ・・・でも相変わらず綺麗だからオレとしては今のままでも・・・・」
窓をふきふき、雑談にふけるAと使用人’sの紅一点ツネッテは向かいの棟を高速で駆け抜けていく二人を目にして互いに違う感想を述べた。
あたり一面にハートマークを散らしているAを鬱陶しそうに見ながら、ツネッテは心のそこからセバスチャンを応援した。
確かに眼福ではあるのだが、最近は近所から『あの美女は誰だ!?』と主に男性から熱烈なラブコールが寄せられている。
・・・・・・最も本人の目に渡る事もなく処分されているのだが。
ここ数日セバスチャンはこともなさげに過ごしていたが、元凶が現るや豹変。
しかしユーゼフがそう簡単に捕まるはずもなく、まだ追いかけっこは続いている。
それを生暖かな目で見守る使用人一同はなんとか自分の仕事をこなしていた。
「よう、嬢ちゃんにA君。今ハニーがどのあたりに居るか分かるか〜?」
皆がテキパキと仕事をこなす中、マイナスイオンを大量放出しながらディビッドが現れた。
両手には大きな紙袋を下げ、なにやら無駄に重たそうである。
「五分ほど前に南館にはいったようだったから・・・・・そろそろ半周してるんじゃないでしょうか」
けたたましい走行音は音が大きすぎてそれだけでは居場所の特定はできないほどだった。
そのためディビッドはわざわざバカ広い邸内の数少ない人に聞いては回っているのだが、効率は最悪に悪かった。
「あの二人の追いかけっことほぼ同時にオレもハニーを追い始めたんだけどな・・・・・捕まらないんだな、コレが」
フッ・・・・と少し遠い目をしたディビッドはどこか寂しげだった。
大好きなセバスチャンが半日以上もユーゼフと二人の世界(違)を築いているのが気になるのだろうか。
しかも追っても追っても捕まらない。
その間ディビッドも食事の支度などで抜けることがあっただろうからあの二人の姿を目に入れるのも容易ではないだろう。
「まあ僕等には頑張ってくださいとしかいえないですけど・・・・と、とにかく頑張ってくださいね、ディビッドさん!!」
「所でディビッドさん、その両手に下げてる荷物何なんですか?」
ツネッテがディビッドの荷物を指差すと、ディビッドは右手の荷物を軽く持ち上げて見せた。
「んー、これかぁ?コレはだなあ・・・・・」
ディビッドが中身を見せようとした丁度そのとき、紙袋の細い紐がブチッとやけに鈍い音を立てて切れた。
地球の重力により、落下する中身。
ガチャカチャガチャッ・・・・・、やけに涼しい金属音が響き、赤い絨毯にそれらは散らばった。
「ハニーが投げては放置していく武器の数々だ」
刃渡り7センチほどのフォールディングナイフが数10本、革ベルトが柄に纏わり付いているシースナイフが数10本、投擲専用の刃先がとがった金属の棒など、主に投げるための武器が多かったが、中にはセバスチャン愛用の日本刀もあったりした。
使用人’sが今まで眼にした事の無いような武器も数種混じっていたが、彼らの思想はそこに向かうことは無かった。
絶句するツネッテとAもそのままに、ディビッドはやれやれと肩をすくめて散らばった危険物を一箇所に纏めた。
もう一方の手に下げていた方は無事だったが、取っ手は今にも引きちぎれそうだ。
とりあえず持っているよりはおいた方が面倒でないだろうと思い壁に立てかけ、そうして二人へ向き直った。
「おーい、二人ともー」
「・・・・・・・・セバスチャンって」
続く言葉を飲み込んだAは、涙を滲ませながら拳をギッと握った。
リーサルウェポン・セバスチャン。
例え体は女になろうともあなたは歩く武器でございます。
「っていってもな、ハニーの服も四次元じゃないからそろそろ武器が切れる頃なんだよな。なにしろお向かいさん本気で逃げてるから肉弾戦には持ち込めないし、かといってコレ渡そうにもオレがおっつかないんだよな」
「さいですか・・・・・・」
「それならいっそ罠でもはって待ってた方が良くないですか?多分もうそろそろこっちの館に移動してきますよ、あの二人」
「罠ねぇ・・・・・・・。俺らであの二人をどうこうできるもんなのかねぇ」
ツネッテの提案にはやや自信なさげに答えたディビッド、Aはそれに『ですよねー』と軽く相槌を打った。
しかしながらディビッドはごそごそとポケットに手を突っ込んで、そこから縄を取り出した。
「え、本当にやるんですか?」
「一応なー」
「ちょっとディビッドさん!セバスチャンまだケガが直ってないんですから、あんまり手荒なことは・・・・・」
ついこの間までセバスチャンの怪我などいつものことだと思っていたツネッテだったが、薬で性別転換した際の爆発およびその時相手にした三人との戦闘(主にヘイヂとユーゼフだが)で負ったケガは今までに見たことも無いほど重傷だったので、また流血騒ぎになってはとやんわりと止めに入った。
現在傷の殆どは治ってはいるものの、まだ完治とは言えない。
セバスチャンが怪我なんて、と思っていたからこそ実際にしてみたときの衝撃は大きかった。
なんだかんだいって世話焼きのツネッテは自分の手当てもソコソコにしていたセバスチャンを甲斐甲斐しく世話をしていたので、余計に心配なのだ。
じっと二人を睨むツネッテに、ディビッドは嬉しそうに微笑みかけた。
「・・・・・・・なんです?」
「いやぁ、なんか姉妹みたいで微笑ましいな・・・と」
初日の対応でこそ一番パニックしていたツネッテが数日たってみれば一番落ち着き払っていた。
自分の事をないがしろにしがちなセバスチャンにあれこれ言ってみたり、してみたりと正に年の離れた姉妹のようであった。
「ぅ、そんなこといってる場合じゃないですよ!!」
とかいいつつもツネッテ、ちょっと嬉しかったり。
内心でディビッドは『女の子って可愛いな〜』としみじみ思ってみたりする。
この空間だけフワフワしたお花が散ってみえるのは気のせいではないだろう。
が、だんだんと近づいてくる地響きがほのぼの世界に飛んでいた思考を一気に引き戻した。
「じゃあオレこっちの端持ってるから、A君と嬢ちゃんはそっち側で、これ持っててね」
「は、はあ・・・・・・」
ロープの片方を自分で握り、もう片方をAの手に乗せて二人から遠ざかって反対側へと移動した。
通路を挟んでロープを低い位置でピンと張り、待ち構える。
「ん、そろそろだな」
にこにこ笑いながら獲物を待つカウボーイコックは、Aとツネッテのそれでいいのか・・・・・・という視線をあっさりスルーした。
そして視界にチラつく鈍色・・・・飛んでくる刃物。
ザクゥッ・・・・
「ヒッ・・・・!!」
Aの足元に突き刺さった短刀、息を呑んだその瞬間に見慣れた金色が眼下に迫る。
悪魔のような笑みが、目の前を通り過ぎてそのすぐ後ろの黒い影は・・・・・・・
ギッ
思い切り、縄に脚を引っ掛けて
転倒した
「「嘘おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」」
Aとツネッテの声が、見事にハモッた。
ディビッドは信じられないというような目で、廊下に突っ伏しているセバスチャンを見ている。
ユーゼフの姿は、既になかった。
NEXT