「はぁ‥‥‥」


「こらこらA君。あんまり溜め息ついてると幸せが逃げるぞ〜」

「そうはいいますけどね‥‥‥」


言うと、Aは辺りに広がる光景から逃避するかの如く明後日の方向を向いた。
辺りいちめん瓦礫の山、山山!!!
‥‥現在後片付け中。


「でもさっき音止まったわよね」


「旦那さまとヘイヂを仕留め終わったんじゃないのか?さっきトドメと言わんばかりにドでかい爆音が轟いてたしな‥‥」



Bは瓦礫を片付ける手を休めて座りこんだ。他の面々も暫しの休息‥‥と崩れた瓦礫に腰かける。
――――空が、青い。
抜けた天井から覗く空は清々しく冴えわっている。
流れる雲を目のはしで追いながら、彼等は大きな溜め息をついた。



「‥‥‥お腹すいたな‥‥」


「んじゃ飯でも作るか。大破したのはここと上の階だけだから厨房は無事だろ」


「‥‥‥そうですね」



この癒しオーラ全開のコックが居るからこそ自分達はやっていける ‥‥。
目から滝のように涙を流しながらA B ツネッテはこの僅かばかりの幸福を逃してたまるかと足早に下の階への階段に向かう。
下手に踏み外すと落下しかねないが、彼等はこの屋敷に勤めてからというものそれしきの事では全く動じなくなっていた。
大小様々な瓦礫片を踏分け そ〜〜っと歩く。



「にしても旦那も飽きないよな〜。ハニーが鬼のような形相で襲ってきても気にせず破壊活動続けるあたりがマゾっぽいと言えなくもなく‥‥」


「ハハハハ‥‥‥」


Aの口から乾いた笑い声が漏れる。
が、正直な話笑えない。
デーデマンの日々の行動を改めて思い起こすとそう思うことも至極当然であろう。
Aはディビッドにそれは禁句ですよ〜、と形だけのフォローをいれている。
しかしBとツネッテが心の中でAに『それはお前も同じだろ!!!』とツッコミをいれたことは本人の知るところではない。
場がようやく和んできたその時。





ガラッ・・・・・ガラガラドッ・・・・・ぐしゃ・・・・・っ




((((・・・・・・・・・ぐしゃっ・・・・・・・・?))))



前方でひときわ大きなコンクリートの山が音を立てて崩れ落ち、その下から黒い人影が出現する。
・・・・・・そのことよりも使用人一同はあきらかに何かが潰れた音に、だらだらと冷や汗を掻き得も知れぬ恐怖に戦慄いた。
おそらくはヘイヂとデーデマンを仕留め終わったセバスチャンなのであろうが、先ほどまで彼が醸し出していたオーラは尋常ではなかった。
出来ればご対面したくない・・・と思いつつも去らない、否去れない。
足をその場に縫われたかのように、彼らは息を呑んで影が近づいてくるのを待った。
天上から燦々と降り注ぐ太陽の光が眩しい。
逆光で、表情は見えないがセバスチャンと思しき影はフラフラと今にも倒れこみそうだ。



「・・・・・なんか様子おかしくないか?」


「ええっ!?まさかセバスチャンが怪我!?」


彼らがワタワタしているうちに影は一歩一歩こちらへと近づいてくる。
Aは半泣き状態で錯乱しかかっているが、ツネッテの裏拳によって十秒足らずで鎮圧された。
そんな中、異変に逸早く気付いたのはディビッドだった。


「あれって・・・・・誰だ?」


「誰って・・・・ディビッドさんってば何言っちゃってるんですか〜、もう・・・・・ってぇ・・・・?」



セバスチャン愛のAがにへら〜っと弛みきった表情でディビッドに体当たり突っ込みをかまして、数メートルまで近づいてきたその人物に視線を投げた。
・・・・・のだが、その瞬間にAは固まった。



鴉の濡れ羽のようなつややかな漆黒の髪。
絹のように細い髪が先ほどの爆風のせいでパラパラと風に舞っていた。
少し長めの前髪で隠れていた顔が露わになり、彼らは胸を射ぬかれた。

彼らにとって、その数秒は永遠にも等しかった。
神による完璧なる美の権化、あまりにも胡散臭いそのフレーズが彼らの脳裏には瞬時に思い浮かびあまりにも似合いだと感涙に咽び泣いた。
気だるげな表情をたたえたその人は、完璧といってもよいほどに整った顔に僅かばかり血をにじませてぐったりとしていた。。
上体に纏わりついているシャツは所々破けており、白いが血に滲んだ肌が露出している。
伏せ目がちの瞳は僅かに潤み、綺麗な扇形の睫毛が小さく震えた。
ゾワリ、と鳥肌がたつ程に壮絶な色香を発しているその人物は片足をやや引き摺りながらもまだ近づいてくる。

傍目に見ても手負いのその人は、肩で息をつきながら吐息混じりに何か小さな言葉を発した。
それはあまりにも小さすぎて、使用人一同誰の耳にも入らなかったが気にする人間は一人も居なかった。


ああ、頼むからこれ以上近づいてくれるなと彼らは一心に祈った。
しかし逆にもっと近くに・・・とも思った。


心の中で形容しがたい様々な感情が鬩ぎあい、彼らはただ立ち尽くしていた。
しかし、何らかの行動を起こさなければこの状況は打破できない。
この中で最も冷静に対応を起こせるのはやはり彼しかいない。























「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハニー?」























ぶっばあぁぁぁっ!!!!!!!!






「っきゃあああっ、汚っ!!!!!!」



Aはリットル単位の血液を盛大に鼻から噴射。
スプラッタな光景が眼窩に広がる・・・・と、Bが見慣れた赤を目の端で捉えると同時に歩みを止めたその人物が腕の中へと倒れこんできた。
あわてて抱きとめたBだが、全く意識のない人間の重さと予想範疇外の出来事に上手く抱きとめることも出来ずに床へとダイブした。



「わっ・・・・・・」



Bが慌てて掴んだ腕は細く、柔らかだった。





ガヂンッ・・・・・





コンクリートと人の頭がぶつかり合う音はわりとありきたりな音がするらしい・・・・・。
Bの気を失う前の最後に思ったことはそれと、もうひとつ。
肌蹴た服の胸元をせめて脳裏に焼き付けようと思ったところで意識は途切れる。



Bを呼ぶ数人の声が、遠く、遠く響いて。













誰か嘘だって言ってえええええええぇぇぇぇぇぇっ・・・・・・・・・!!!!!!!!














フラン○フルト中に響き渡る若きメイドの慟哭は虚しく虚空へと消え去った。
どこからどう見てもセバスチャンの・・・・しかしどうみても女性のその人を残して。


















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