「だからさ、僕は思ったわけだよ」
デーデマンは邸内の中庭にある一番大きな木に吊るされながら、しみじみと語った。
全身を荒縄で縛られ、所々に痛ましい傷跡を残しつつも懸命に語った。
「仕事をサボる上で唯一にして絶対の障害であり、最愛のセバスチャンをどうにかしなくちゃダメだなーと」
ダメもクソもなく、あくまでもそれは一身上の都合なのだが、その場にそれを言う人間はいなかった。
「ヘイヂの薬でいつかのように幼児化させるのはかなりナイスな手だけど・・・そうしちゃったらウチが潰れちゃうし」
身動きが取れないながらも切々と語るデーデマンになまぬるーい視線が投げかけられた。
分かってるなら真面目に仕事しようぜ・・・とは誰もが思うことだ。
「そこで、だ!」
デーデマンは全身をゆっさゆっさと左右に揺らし、高らかに言い放った。
「いっそのこと女体化させちゃえば腕力やら何やらが落ちるし、セバスチャンの美貌も損なわれること無く僕もサボれて一石二ちょ・・・・ぐっはああっ!!!」
貴方は人の骨が軋み、折れんばかりに曲がる瞬間を目にしたことがあるだろうか?
只今、デーデマン邸中庭にて使用人数名+αの見守る中で使用人による主に対する魔女裁判も真っ青な拷問・・・詰問が行われていた。
あまりにグロテスクかつ驚異的な光景のため、描写さえ不可能である。
もちろんモザイクをかけなければお茶の間の皆様は思わず抗議の電話をかけかねない壮絶な光景を目の当たりにした使用人’Sは例外なくグロッキー。
小さな血溜まりのなかへ、サイズの合わない黒革の靴がゆっくりと歩み寄る。
「言いたいことはそれだけですか、ねえ旦那様?」
デーデマン家・・・いやフラ●クフルトナンバーワンの最強使用人セバスチャンは、片手にムチもう一方にロケットランチャーを持ち、閻魔様も裸足で逃げ出すほどおどろおどろしい声で主に話し掛けた。
ただ、そのいでたちは普段とは相当異なる。
所々破けたタキシードから除く肌には凝固した血液が黒々とこびりついており、頭には包帯が巻かれている。
『ありえない・・・!』彼を知る者全てがそう叫んだ。
それほどまでにセバスチャンは傷ついていた。
これほど手負いのセバスチャンなど、一生に一度見れるか見れないかくらいのものである。
しかし、それ以上にありえないのが・・・
「よくもまあ人の体を本人の承諾無しに弄繰り回してくれたものですね・・・・」
セバスチャンの口から発せられるその声は普段よりも何オクターブか高い。
腰に響くハスキーヴォイス、しかし明らかに女性の声。
浮かび上がるシルエットも、いつも以上にしなやか。
背も十センチ以上縮んでいる。
しかしバランスの取れた容姿は何一つそこなわれること無く、むしろより美しくなっていた。
ぶかぶかの服を着たセバスチャンの体はどうみても女性独特の丸みを帯びたラインへと変化し、抱いたら折れそうな細腰は否応なしに人々の目を魅了した。
サイズの合わないシャツのせいで、豊かな胸が覗きこれ以上なく壮絶な色気を感じさせる成熟した女性の体。
元男と分かっていても生唾モノである。
・・・・ちなみにAは既にほぼ全身の血液を放出しかけて芝生の上でミイラ化しているが、その顔は幸せそうだ。
まあ要約するとデーデマン案ヘイヂ制作の妖しげな薬をユーゼフ共犯の下で使い、セバスチャンは女性になっちゃったわけである。
「まあまあ、ハニーも落ち着いて」
「落ち着いているとも、これ以上ないくらいにな・・・・」
宥めるディビッドは一応平静を保ってはいるものの、ツネッテは灰化、Bは頭蓋骨陥没・・・はしなかったが重傷(ちなみに鼻からの出血もAほどではないがすごかったらしい)。
大きくため息をついたところで、セバスチャンもようやくその動きを止めた。
両手に携えた武器類を地面にゴトリ・・と落とし、その場に座り込んだ。
「大丈夫か〜?」
「・・・全身の関節が軋む」
「そりゃまー現実的な・・・・」
一度幼児まで退行した身ではあるが、今回は少し違うようだ。
「まあ見た目は年齢にも変化は無いようだしな〜、身長も相当縮んだみたいだし体が痛むのは当然っちゃあ当然だな」
顎に手をやり冷静に分析するディビッドだが、セバスチャンはぐったりとした様子で顔を上げる気力もないようだ。
ディビッドは少しの間だけそれをものめずらしそうに眺めていたが、相当具合の悪そうなセバスチャンを放っておくことも出来ないと細いその体をひょいと抱き上げた。
「うっわ、軽っ!」
「・・・・・・・・」
まだ瓦礫の片付け終わらない部屋へを戻るディビッドと、抱えられたセバスチャンがその場を去って三十分後。
ようやくヒラ使用人三人は意識を取り戻し、再び恐慌状態に陥っていくつかの叫び声が上がったがもはや誰も気にしなかった。
+ + + + + + +
「・・・・・にしても・・・・・ねぇ?」
取り合えず落ち着きを取り戻した使用人’Sだったが、だるそうにソファに横たわるセバスチャンを見やり小さくため息を吐いた。
当初は一番混乱していたツネッテも現在はずいぶんと落ち着き払っている。
使い物にならないAとBにあれこれ指示を出したりと忙しげにしていたが、セバスチャンが目を覚ますと周りも何とか落ち着いてほっと一息である。
「どこがほっと一息だ・・・・・」
「どーどー、大人しくしてような。まだ具合悪そうだし」
「でも・・・どうしたらいいのかしら。元に戻そうにもヘイヂは行方不明だし」
セバスチャンの怒りの鉄拳で吹き飛んだヘイヂとユーゼフは現在も行方不明中だ。
もちろんあの二人が生存していないわけがない。
「見つかったところであの地球外生命体が大人しく解毒剤を作る・・・もしくは渡すとも思えないがな」
前回の幼児化薬事件の際を思えばセバスチャンでなくともそう思うだろう。
どうせセバスチャンが怒り狂うだろうことは予想内の範疇だろうし、だからこそ解毒剤など作ってはいまい。
「でも幼児化したときみたいに時間が経てば元に戻るんじゃないんですか?」
「いや、あいつは妙なところに情熱を傾ける傾向がある。前回のようにはいかないだろう」
Bの意見は即座にセバスチャンに却下され、現実としてヘイヂ捕獲という問題が残った。
毎度毎度の事だが、面倒極まりない。
眉間の皺を一層深くしたセバスチャンは頭の包帯を押さえ、唸っている。
物理的な怪我も当然痛いだろうが、それ以上にセバスチャンの頭を悩ませる原因がありすぎた。
半壊した屋敷の修理やらなにやら、やらなければいけないことは沢山あるのに・・・・。
「・・・・・・・・・仕方ない」
「え、セバスチャン・・・・?」
気だるげな体を起こし、セバスチャンは立ち上がった。
不機嫌なのは直っていなさそうであったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「暫くはこのまま仕事をする」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
その間の抜けた声はAのものか、Bのものか、ツネッテかはたまたディビッドだっただろうか。
意外すぎるその発言に、彼らは大口を開けてセバスチャンを見た。
あのセバスチャンが!?
あのやられたら完膚なきまでにやり返せが鉄則のセバスチャンがヘイヂを放って仕事!?
「まあ、良く考えてみれば仕事が不可能になるわけでもなし・・・どうせ暫くすれば飽きるだろう。それまでの我慢だ」
セバスチャンの生活
1 仕事
2 仕事
3、4も仕事
5も仕事
・・・・・いっそ自虐的なまでの献身っぷりである。
人並みの何倍もの苦労を背負った彼の日常は『仕事』の一言で片付けられる。
そのためならば己の身も省みないと言う、まさに仕事人の鑑。
彼の言うことも確かに正論ではあるが、人間的な思考を大いに無視したとんでもない考えでもある。
しかし、対処法もない。
仕方ない・・・仕方ないんだ!!!
そういい聞かせなければ、ヒラ使用人の彼らの身は引き裂かれそうだった。
「・・・・・・・頼むから、今日一日は安静にしててくれ」
もう止めはしない。
だからせめて己の身を案じてくれと、ディビッドは苦しげに呟いた。
うんうん、と頷くA、B&ツネッテ。
「一応心に留めておく」
それでも彼はマイペース。
ああ、多分きっと全然気にしないんだろうなあと思いつつ彼らは小さく頷いた。
ガラガラッ・・・・とどこかで瓦礫の崩れる音がした。
どうやらこの状態はもう暫し続くようだ
+ + + + + + +
「ちょぉっと待ったあぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!!」
セバスチャンがドアとしての役割を果たさなくなったドアを潜り抜けて十秒後、ツネッテの怒号があたりに響き渡った。
あまりのボリュームの大きさに外を散歩していた老人がずっこけて地面に激しく頭部を打ち付けたほどだ。
しかし彼女はそれを気にした風でもなく、廊下で耳を押さえていたセバスチャンの首根っこを引っつかみ、再びソファに座らせた。
彼女が気付かなければこのまま物語が終わってしまいそうなほど、ナチュラルにセバスチャンが去っていくものだから危うくスルーしかけた。
・・・・・が、これは由々しき問題だ。
早急に手を打たなければならない。
ツネッテが心でそう呟くが、当の本人はまるで気にした様子が無い。
「なんだ?」
鬱陶し気に尋ねたセバスチャンに、ツネッテはベッドのシーツをかぶせた。
ばふっ・・・・・風をはらんだシーツがセバスチャンの顔面にヒット。
痛くはないだろうが、一応怪我人。
ディビッドが仲裁に入ろうとした瞬間、ツネッテは一気に捲し立てた。
「セバスチャンっ!よりにもよってそんな格好のまま仕事を続けるつもりですか!?
せめて着替えて下さい、本当にもう切実に!!
でないとAは血液不足で普段でさえ使えないのに余計に役に立たなくなるわ、Bも目のやり場に困って仕事が滞るんですっ!!
ええっ、正直に申しますところ目の毒なんです!!今は女性の体なんですから上半身ほぼ半裸で屋敷内を徘徊するのは止めて下さい!!・・・・っでないと・・・っでないと・・・っ!!!!」
ふるふると震える拳を握り、ツネッテは涙目のままその場に崩れ落ちた。
一気に喋ったせいか、血管が浮き上がり顔が上気している。
彼女はしばらくハァハァと苦しそうに荒く息を吐いていたが、セバスチャンがくるまったシーツをキッとにらめつけ泣きそうな目で訴えた。
「ぅ・・・っ・・・・・これでホントは男だなんてずるすぎる・・・・っ!!!!!!!!!」
元々、整いすぎた顔だということは分かっていた。
分かりきっていた。
なのに・・・・それなのにっ・・・・!!!
どんな美女を今のセバスチャンの横に並べたとてかなうまい。
精巧に作られた人形のような完璧さ。
パーツの一つ一つが見事に調和し、悠久の美を生成している。
さらさらとした細い絹糸のような髪も、シミひとつない滑らかな肌も、男であった時と何一つ変わらない。
ただ、決定的に違うのは豊満な胸と細くくびれた腰。
女性的魅力を外面的に最高に強調したその体は、存在そのものが奇跡のような・・・まさに美の権化。
羨む事も、嫉妬する事も嫌になるくらいに完璧だ。
女として、完膚なきまでに打ちのめされたツネッテはぐずりながらも棚から自分の服を取り出してセバスチャンの方に放りなげた。
もう半ばヤケである。
まあ元々は男のセバスチャンにここまでスタイルで負ければ、女としてのプライドもずたずたにになるであろうことは想像に難くない。
「・・・・・・・・女ってもの大変だなぁ」
「だあぁぁぁぁぁっ!!!!!セバスチャンはこれから着替えなのでさっさと出ていって下さい!!!!ホラAっ、いいかげんにしないとライン川にうち捨てるわよ!!」
うら若き乙女の火事場の馬鹿力によって、男性一同は遥か遠くへと(実際は一つ下の階に)放り投げられ、荒く息をつくツネッテはセバスチャンへと向き直った。
相変わらず無表情なセバスチャンに自分の着替え一式を渡し、自身は後ろを向いて座る。
衣擦れの音が響く部屋の中で、セバスチャンとツネッテのため息が重なった。
・・・・苦労の原因はどこへやら、損をするのはいつも自分達だ。
何で自分が・・・・・。
そんなことは常々考えているが、離れられないのもまた事実。
何とも不運な星のめぐり合わせだ。
この後も半壊した屋敷を片付けなければと思うだけで体がだるい。
「・・・・・・・ツネッテ」
「・・・・・・なんですか?」
温度の低い、単調な調子で・・・というか疲れきった口調でセバスチャンは言った。
「胸がきついんだが・・・・・・・・・」
女体セバスチャン 推定Dカップ
「・・・・・・・・・・っ、セバスチャンのばかああああっっっっ!!!!!!!!!」
うわーん・・・と子供のように泣き叫びながら、彼女は超高速で階段を駆け下りた。
崩れかけた瓦礫の破片が崩れ、それでもツネッテは止まらない。
・・・・・使用人’sの紅一点、最強執事にKO負け。
例え何があろうとも、目下のところ最強なのは執事、ロード・セバスチャンその人なのでありました。
END・・・・・・?