一瞥もくれず




彼を想いながらも、きっと終わりは僕から告げるのだろうな、とそんなことを、思っていた。

ある夏の朝のことだった。
高温多湿な日本の風土、忌々しいほどに音を立てる虫。
うざったい、暑さやら喧しさやら、なにもかもがうざったい。
早朝、目覚めてすぐに不快、とは最悪もここに極まれる。
昔はこうではなかったのにな、と思い出してみても、たいして記憶のそこから情報は発掘されなかった。
長いイタリア暮らしに体が適応してしまって、この地に降り立った瞬間から僕はあたりの人間を手当たり次第に殺してやりたくなるほどの不快感を感じている。

彼は久しぶりの故郷だといやに嬉しそうだったけれど、僕は頭が茹りすぎてぐだぐだになっていたのに!と心の中で悪態をついた。
(いやだあついかえりたい、と子供のような駄々をこねてはみたけれど、それも所詮戯れごととして許される範囲内、けれど)
彼がとても嬉しそうだったから、つい言ってしまったのだ。
茹りすぎてぐだぐだになった脳に、理性的な言動など求めないでいただきたい。
ああ、認めましょう、あのときの僕はどうかしていた!
あんなこと、言うべきではなかったのに。

「ああもう暑い、死んでしまいそうです」

「この程度で死ぬんならお前はもう100万回くらいは死んでるだろ」

そっけない言葉に愛を感じるのが僕だけであろうとも、僕はそれを疑ったことは一度もない。

「そんな酷いこと言う人には、もう二度とえっちいことしてあげませんからね。僕の大好きなボンゴレ、君とは絶交です」

ふふっ、といつもみたいに冗談めかしながら僕が笑って。
けれど彼はなぜか真顔で。

「じゃぁ俺もしないから」

とりあえず今すぐ絶交するか?なんて聞かれて、僕は大口開けて無様に声を上げた。
夏虫なんかにも負けないくらいに。

彼の表情は、えらくマジだった。

僕は愛を疑ったことはないけれど、最初からそれが思い込みであって、世間一般で言うところのそれとはまったく異なることを知っていた。
だからちっぽけな糸が、あちらから切られてしまうのが怖くて、結局は自分から切ってしまうのだろうと。
そう、思っていた。

突発的出来事に弱いだなんて、なんて情けないことだろう!
ごめんなさいお願いですから捨てないで!!
今時、三流以下のエロ小説家だってこんなチープな言葉を綴らないだろう。
けど実際、そんなものだった。

一瞥もくれずに彼は去っていって、僕は泣いた。












嘘、泣いてはない。
たまらなく悲しかったけれど、泣かなかった。
それは僕がまだ、彼はきっとまた戻ってきてくれるはずだと、軽い冗談の延長だと、信じているからで。

その後どうなったのかはともかく、とりあえず僕はそんな態度をとってみせる彼すら好きなのだということを知った。