〜未題・2〜


小説家・六道骸は売れっ子の官能小説家にして、現役高校生である。
当年ようやく18歳、日本の年の数え方に倣うのであれば現在17歳。
まだまだ遊びたい盛りの高校生、だけれども官能小説家。
それも本の印税だけで既に十分食べていけるというのだから、世の中腐ってる。
天才というならそうだろうが、それに対するベクトルが間違っている、絶対に。

そういって憚らないのは、他でもない、担当である沢田綱吉その人であった。

空調の効いた部屋、結露した水滴がグラスを滑り落ちる様を真剣に見つめながら、綱吉は本日幾度目かの溜息を吐き出した。
涼しげな音で崩れ落ちる氷、グラスの中は揺れる。

「貴方もそろそろ慣れていい頃だと思うんですけどねぇ」

「何に、ですか」

「何って、そりゃぁ”六道骸”に、だよ」

綱吉と対峙した男は、子供のような笑顔を向けて綱吉のグラスを手に取った。
薄まった麦茶を舌で一舐めしてから、きっちりと元の場所に戻す。
綱吉は露骨に嫌な顔をしたが、男はそれを気にかける様子は無かった。
そんな仕草に、今は学校で授業中だろう骸を彷彿とさせて無性にやる気が削がれる。

「それは”どちら”の”六道骸”にですか?」

綱吉は男が自分よりもいくつか年下であるという事を知ってはいたが、あえて敬語を崩さない。
自分がこの場所へ仕事として訪なうことを、一つの区切りとしているというささやかな抵抗だった。

「はは、まだ根に持っているんですか?」

「当然です」

綱吉の目の前の男は、綱吉に対してかつて己を”六道骸”だと名乗ったことがある。
思い返せばもう一年以上前の話だ。
頭の端で過去を反芻しつつ、綱吉は男へ視線をやった。
おどけたように肩をすくめる男を、綱吉は苦手としている。
だから今、この空間に二人きりでいるという現実から、ほんの少しばかり逃避したいとも、思って。

「僕はいいと思うんですけどねぇ、人気官能小説家が実は現役高校生!インパクト大、話題性抜群で増刷確実!出版側からしてみれば万々歳じゃないんですか?」

「…さすがに中学三年生で官能小説家はマズイと思ったから、アイツもアンタを代役に立てたんだろ」

このクソガキ共、と綱吉は心の中で小さく毒づいた。

「素になってますよ」

「煩い」

繰り返す、官能小説家・六道骸は現役の高校生である。
けれど、まさかそんなプロフィールをおっぴろげにするわけにもいかず、デビュー当時15歳だった”彼”は覆面作家としてその作品を出版した。

それが執筆者の意思であり、綱吉の上司もこの男こそが本物の”六道骸”だと認識している。
”六道骸”という名前はペンネームであり、所詮は覆面作家というものだ。
作家・六道骸は大の人嫌いで、担当編集意外には顔も見せない。
素性は明らかになっていない、作者事態が謎だらけというのも作品を面白くさせる一種のスパイスなのだと、綱吉の上司は言っていたが。
(そもそも、そんなお綺麗な文章の本を出版する会社じゃないだろ、ウチは)

蓋をあけてみれば、実物よりも卑猥で淫蕩な文章を綴るのはまだほんの、学生の、本物の、六道骸。

「そういえば、貴方、僕を名前で呼びませんよね。僕の名前、覚えてます?」

覆面作家、という名目で六道骸のフリをする彼は、本物の遠い親戚なのだという。
顔は似ても似つかないが、性格はどこか似ているように感じられる。
だから、苦手なのだ。

「白蘭さん」

にこ、と営業用の笑顔で一言。



「そんな事どうでもいいからさっさと預かってる原稿出せ」