Eat me

あまりにも喉が渇くので、仕方なくペットボトルの蓋の淵へ指先を当てた。
もうこれっぽっちも力が入らなくて、ぷるぷると震えるそれが酷く不愉快だった。

「おい」

その割りに、声ははっきりと空気を振るわせた。
ぴりぴりと伝って、そのときようやく自分が苛立っていることに気づく。
返事はすぐに返ってきたが、ただそれだけだ。
いつもは気まぐれに揺れている長い尾など、視界にさえ入ってこない。
気にしないように、とその一瞬で自分に科して、腕に力をこめた。
ぱぁん、とプラスチック容器がはじけ飛ぶのは、なかなか小気味のいいものである。
けれど、しかし、ほんの少しばかり吃驚して手の中に半分だけ残るそれを見つめた。
それにしたって喉がからからだったので、ぬるんだ液体をそのまま口に流し込んだ。

まずい。
口の端から飲みきれなかった液体がぽたぽた落ちる。
まずい、けれど味がしない。
ラベルごと上部が吹き飛んでいるので、この飲料が何だったのかすら思い出せない。
相当疲弊しているのだな、思ったあたりで口腔内であとを引く液体を全て嚥下した。

「なにか、御用でしたか」

今更、遅い。
呼んだらすぐ来い、言えば困ったように嗤う。

「すみません」

許しを請うように首に巻きついた腕を緩やかに制する、けれどそれにさしたる意味があるわけでもない。
あたたかくも、つめたくもない温度がぴったりと寄り添った。
ただそれが、記憶にあるものよりも軽い、だけ。

「むくろ、」

呼べば、ざらついた舌で答える。
産毛を撫ぜる舌を受け、俺はもうほとんど中身のないペットボトルに口をつけた。
溶解した淵で唇が切れたけれど、気にならなかった。
骸の舌がそれをたどって、唇へとやわらかな侵食を始めた。
丸めた舌先でつつかれたので、意趣返しを含めて噛み付いてやった。
誘発されたようで、悔しい。
なんて思っちゃいない。

「ん、ぁ…っ、あ」

自分から誘ったくせに、反応が妙にしおらしい。
薄い唇の淵をなぞって、前歯を押し付ける。
肉を愛撫を繰り返していくうちに、ボトルを握る右手が熱を持ってくる。

「んー、っ、あ、あ、あ、」

途切れ途切れの喘ぎ声を聞きながら、息を零す。
自覚する前に、左手が勝手に動いていて。
ちかちか光る視界が広がる頃には、骸は寛げられた下半身を俺にこすりつけるように身を寄せている。
酷く苦しそうに身じろぎして、体を揺らすことすら、辛そうに。
記憶が飛びそうになるのは、なぜだろう。
どくどく脈打つそれに手を伸ばす。
そういえば、指一本動かすのも億劫だったのに、いつのまにか。
熱に浮かされたからだでそんな事を思う。

からん、

ずっと握っていたボトルが床に落ちた。
今気づいたが、床は白のタイル張りで、多色がひどく目立つ。
ボトルから飛び散ったわずかな液体の色は、赤かった。
ふと部屋の隅へ目をやれば、造りの美しい肉塊が横たわっている。
断面の赤から飛び出す白くてカタい骨が、いささか不恰好に飛び出していることすら、良いと思えるほどで。

それに目を奪われていることに気づいたのか、骸が耳元で囁いた。
左の大腿部は、空白。
滴るイロは、あか。

左手を濡らす半透明の液体を、それとなく口に含んだ。


「おいしかったですか?」


ひくり、背筋が震えた。
俺は答えた。


ゴチソウサマ