惜別さえも締め上げる



やめ、て。

そんな風につぶやいた自分を、今すぐ殺してしまいたい。
料理をするために短く切ったつめが、首の肉に喰いこんでる。
いたい、いたい、いたい、よね?

「フェ、ア…!」

跳ね除けてよ、ねぇ、いますぐ、この手を。
貴方にならできるでしょう、なんでしないの。



***



「今日、発つよ」

言った瞬間、時間が止まったような錯覚に陥った。
自分自身、この言葉を吐き出すまでにどれほどためらったことだろう。
それでも、言わなくてはならなかった。
もう、今日を逃しては、他に機会がなかった。


「きょう、ここ、を?」


フェアは言ったとおりの言葉を一つ一つ区切って、繰り返す。
とても恐ろしくて、彼女をまっすぐに見れなかった。
なんと他人に謗られようとも、このたかだか十五年程度しか生きていない人間の娘が、自分は怖くて怖くてたまらない。
いや、この娘に、フェアに、拒絶されるのが怖いのだ。
ひどい男だと、嫌われやしないだろうかと、この気丈な娘が涙を流しやしないだろうかと、この心はぐらぐらと揺れている。


「セイロン、は、私を、おいていくの?」


涙ぐんだような声だった。
それが痛くて痛くてたまらない。
そんな声を出させているのは自分だというのに、罪悪よりも辛さが勝った。

(すまない)

手にしたままの扇子を手折って、勢いに任せて立ち上がる。
もうこれ以上、この場所にはいられない。
ぐ、と。
強く握った拳をそのままに振り返る。
今まで見ようともしなかったフェアの姿が、視界に入った。


「ゆる、さない、よ?」


泣いているかと思っていた彼女は、笑っていた。
笑いながら、泣いていた。
小さくも強い手に握られているのは包丁で、鈍色に光るそれを目にした瞬間眩暈がした。


「フェア…」


がくりと、肩の力が抜ける。
なぜ、などと。
問い返すことも出来ない。

彼女の瞳の色は、血のように赤く、狂気に満ちている。
何かを考えるよりも早く、とびかかってきたフェアを自分は受け止めていた。

木の床に叩きつけられた体は、あっさりと倒れ伏す。
後頭部どこかがきれたのか、じんじんと痛む。
動きを奪うように頬の真横につき立てられた包丁には、すでに血がついていた。


「嫌だ、お願い、どこにも行かないって言ってよ、私を独りにしないでって言ってよ、ねぇ、セイロン」


ぎりぎりと、彼女の指が首を締め上げる。


「っ、ぐぁ…、っあ!」

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」


彼女の姿が、いつかの彼に、重なる。
血のような狂気に、染まる。


「わたしをすきだって、いったじゃない!それなのにどうして、ひとりにするの!」


苦しそうにゆがんだフェアの顔が、涙にぬれる。


「やめ、て」


小さな呟きは、誰のための言葉だろう。


「フェ、ア…!」



この声が届かないのなら、もう、いっそ。




***


わたしは肉をこそげ落とした指を、なめる。
血の味がする、にがい。
龍もヒトも、血の味は同じなのかしら。

ねぇ、セイロン。

どうおもう?