| 深い湖の、澄んだ水色。 どこまでも清く、下手をすれば引き込まれそうな、水色。 …それはいつか恋い焦がれた、色だった。 「オーナー?」 覗き込んでくる瞳の水色に、ようやく意識を引き戻される。 不思議そうにこちらを見やる子供を脳が知覚するまでに、およそ十数秒。 「あ、ああ…なんでもない」 いつものように店の経営についての定期報告に来ていて、今もその話の最中だった。 自分らしくもなく、珍しくも呆けていたようだ。 「…オーナー、私が言うのもなんなんですけど…仕事のし過ぎで疲れてるんじゃありませんか?」 机越しに言ってくる声が本当に心配そうなものだから、逆にそんなに自分は情けない様をさらしていたのかと情けなくなる。 手に持ったままの書類を一旦机に置いて、カツカツと指でそれを叩いた。 たいした期待もしていなかったはずのものが、予想外の結果を出した。 彼女…フェアの頑張りは評価しているし、これからに期待もしている。 不満など何一つないはずなのだが、なぜかこう…胸に引っかかるものがある。 あの男…ケンタロウの娘とはいえ、それだけで偏見を持つのも筋違いだと自分自身で理解もしているはずなのに。 「そう、かもしれんな…」 でもなければ、理由が分からない。 「忙しいのは分かりますけど、ちゃんと休まなくちゃだめですよ」 ミュランスの星で評価されて以来、目を回すくらい忙しいのは自分も同じだろうに。 「それを君が言うのかね」 「あ、はは…いつかちゃんとお休みいただきますから。今はまだ頑張ってたいんです」 からからと誤魔化すような笑顔、目の下にうっすらと隈が浮いていることに今はじめて気づいた。 殊勝な心がけだ、と褒めてやれば良いものを。 手が、勝手に伸びた。 頬に影が落ちて、それをどこか遠くを眺めるようにして、傍観している。 「隈が浮くほど無理をするくらいなら、いっそ店を休業して静かな場所に静養にでもどうかね?」 白い頬は、けれど年頃の娘にしてはお世辞にも手入れが行き届いているとはいえない。 目の隈をなぞると、きょとんとした瞳と視線がかち合った。 「ええと、オーナーと一緒に、ですか?」 「………、っ!」 自分が何を言っているかそのときになってようやく理解した瞬間、に、だ。 コンコンコンコン。 よりによってタイミング悪く、ノックが響き、タイミング悪く、ドアは開けられた。 「旦那様、お嬢様がお店のお昼の時間なので早急にフェアさんを帰して欲しいと仰っ、て…」 よく出来た使用人、のはずのポムニットがこちらの返事を待たずにドアを開けたのだから、それはもう早急の用事なのだろう。 …そんなことを思う前に、その場の空気は完全に凍りきった。 「だ、っだだだだだだんな様がフェアさんをかどわかしてええええ!?」 少なくとも屋敷中に響き渡った声のせいで、ぐるぐると渦巻いていた名前も知らない感情ごと、思考が全て吹き飛んだ。 数秒後にドアを蹴破ってやってくる娘と、そのあとについてくる息子相手にまさかしどろもどろの弁明をするハメになろうとは、まったくもって予想外だった。 人事ではないくせに、涙が出るほど大笑いしたフェアを憎らしくさえ思う。 どこかで感じていた彼女の母親の面影、水色のかけらはどこかへ吹き飛んで、ただ彼女らしい色が残った。 似ていなくても、彼女が彼女であっても、ただ。 それにひかれるのは、なぜだろう。 |