御伽噺






「どうして御伽噺では竜がお姫様をさらってしまうんだろうね?」


それは少女の問いだった。
子供のころから(それはもちろん今も)、子供らしくいられなかった彼女だが絵本に出てくる物語のいっぺんくらいは覚えている。
たとえば、そう。
悪い竜につかまったお姫様を、王子様が救いにくる物語だとか。

「は…?」

少女の問いに、その幼馴染の少女が怪訝な視線を投げた。
あまりにも唐突で、あまりにも”少女的”な質問にリシェルは目をぱちぱちさせる。

「フェア、アンタなんか悪いものでも食べた?」

自分たちの年頃にもなれば、絵本だなんて懐かしいとしか思えない代物を。
なぜフェアは持っているのか。
そんな意味をこめた視線に気づき、フェアが慌てて顔の前で手を振った。

「ミルリーフにだってば!絵本を読んでほしいって言われてたから倉庫から探してきたの!」

テーブルに広げられた少し古びた絵本を指先でカツ、と叩いてフェアは溜息を吐く。

「私だって、こんなの…読んでもらった覚えほとんどないわよ」

地雷を、
踏んだだろうか。
ほんの少しだけ寂しそうなフェアの顔にリシェルは胸が痛んだ。

「けど、読むにしたって。あの子自身が竜なわけだから…さすがにこういのはまずいと思って」

けれどそんな影さえ、フェアは自分で隠してしまう。
それではいけないと思いつつも、リシェルは心の中でほっとしている自分をどうしようもできない。
会話に乗ったようにして、ごまかすしか。

「それって、竜が強い生き物だからじゃないの?」

「あ、そっか」

リシェルが適当に放った言葉は案外と答えの形としては正当だったようだ。
フェアは納得したように絵本をぱらぱらとめくっている。
描かれている竜の姿はどれも雄々しく、子供の目から見ても強そうに見えるだろう。
フェアはふと、手を止める。

「フェア?」

リシェルの声が聞こえているのか、いないのかフェアは返事を返さない。
フェアの手元を覗き込もうと、リシェルがそっとテーブルまで寄ってくる。
けれどフェアは気づかない。
フェアのめくっている絵本は、あるページで止まっている。
古いながらも鮮やかな絵本に描かれているのは、紅い竜だった。

「店主殿」

そう、紅い竜が。

「ぇ、わぁっっ、!」

紅い龍が、目の前にいる。
リシェルは反射的に飛びのいてフェアの手をとった。
守らなくては、そう思ったのもいうなれば反射だった。
リシェルの驚いたような声と、突然の呼びかけに振り返ったフェアは首をかしげる。

「セイ、ロン」

「おやおや、驚かせてしまったかな」

必要以上に驚いたリシェルにだろう、セイロンは言って小さく笑った。

「っ、の…」

何かを言いたい。
言い返したい、けれどリシェルの口から漏れるのは何かをこらえるような言葉の欠片だけだった。
フェアをつかんだ手とは反対のこぶしをぎゅう、と強く握ってリシェルはその場から逃げ出すように駆け出した。

「え、ちょ、…リシェル!!」

幼馴染の突然の癇癪じみた行動は慣れていたが、その分フェアは追いかけても無駄だということを知っている。
フェアは追いかけない。

「…なんだったんだろう」

「はは、店主殿は愛されておるな」

セイロンはただ笑うだけで、他には何も言わない。

「彼女は心配なのだろうさ」

ぱちん。
扇の音が人気のない食堂に良く響いた。

「何が?」

裏も表もない質問に、セイロンはいっそう笑みを深くした。

「お姫様が悪い龍にかどわかされやしないかと、気が気でないに違いないよ」

セイロンの手がフェアの頬を撫でる。
けれどまだ少女は気づかない。


(これほどまでに鈍い姫では、竜とて困ってしまうよ)