ぐるり、反転する視界に冗談抜きの眩暈を感じて思わず吐き気をもよおしそうになった。
ほっそりとした右腕がこちらのそれを掴み、思い切り投げられたのだと知るのは床に後頭部を思い切り打ち付けておよそ10秒ほど経過した頃だろうか。
よくそういった出来事に直面した人間は目に星が散っただとか、頭が真っ白になるだとか形容しているようだが、実際体験してみればそんなものではなかった。
唐突に、しかも瞬間的に遮断される意識の先にあるものなど、出来ることなら一生知りたくはなかった。
情けないことに、もれてしまった呻き声に自分で戸惑っていると腹部の辺りにとどめとばかりに蹴りを入れられた。
一瞬の隙も与えない連撃に思わず手が出そうになって、そうして、止める。

「セイロン」

すぐそばに、それはもう言葉には出来ないくらい切なげな表情の、フェアがいた。
怯む、とまた上からの攻撃。

「っ、フェア!」

床を這うようにしてそれを避けても、また次がくる。
上から重力と、それ以外の懇親の力でもって与えられるそれを、自分にどうしろというのか。

「ちゃんと集中して、ってば!」

何に、と言うまもなく。

腹上に感じる軽い、軽い、重力。

「セイロン…ねぇ」

細く、軽い腕、指が、頬に触れた。
こんな小さな体のどこに、仮にも未来の龍人族の長となる自分を殴り飛ばせるだけの力があるのだろう。
こちらからも触れて、思わず溜息を吐く。
好いた女子に馬乗りになられているというのに、これほどまでに情けない思いをするものも他にないだろう。
上から覗き込んでくるフェアの表情は、どうにも読み取れない。

「セイロン、セイロンってば」

ぐいぐいと胸倉を掴まれて、呼吸すら困難になってくる。
惚れた弱みとはいえ、それにしたって。
彼女は、強すぎる。

「フェア、いいから」

自分は何か、彼女の気に障ることでもしただろうか。
こんな仕打ちを受ける理由が見当たらず、けれど強く出られるような状況でもなく、ただやんわりと彼女をなだめることしか出来ない。
だんだんと血の気が引いていくのを感じながら、最後に聞き取れた一言は。


「これくらい強ければ、龍人族のお嫁さんにもなれるかしら?」


少し照れたような、可愛らしい口調で。

まさか、文句を言う者もおるまいよ。
そう言う前に、今度こそ意識を失った。

圧し掛かる重力は、重みは、気持ちは、嬉しくもあり、なんとも。

複雑、なのである。