行って来ます、お兄ちゃん。

そういって出かけていくあいつの、そう、例えば買出しにだとか。
その隣に立つのは、今まで俺だったのに。
小さくそんなことを零したら、それはもう人を馬鹿にしきったような顔でリシェルが生意気にも説教を垂れてきた。
―――”きょうだい、って言ったっていつまでも一緒にいられるわけじゃないのよ。女の子はいつかお嫁に行っちゃうんだから”
あんた、ホントにシスコンね。
そんな風に余計な一言まで残してあっさり出かけていったリシェル。
その後ろでルシアンが暗い表情をしていたのにも気づかなかったのだろうか。
リシェルの言う事は正論で、別に間違ってなんかないけど。
だからこそ、腹が立つんじゃないか。
結局のところ、嫁に行く側のリシェルにはこんな気持ちは理解しようがないのだ。


女っていう生き物は男が考える以上にシビアな生き物で、容赦がない。



***


「あら、ライさん。今日はお一人でお留守番ですの?」


ゆるり、暖かに流れるそんな言葉にさえ俺は脱力した。
折角忘れようと努めていたものを改めて確認させられて、思わず意識を沈めてしまいそうになった。


「ライさん?」


ドアを半開きにしたまま、彼女は返事がないのに焦れたようにもう一度呼びかけてくる。
ちりん、と小さくなったドアベルは小刻みに音を続けた。
昼のピークも終わり、静かになった食堂にそれは随分と響いた。
机に突っ伏していた上体をなんとか起こして、俺は振り返る。


「とりあえず、上がってよ」


いらっしゃい、ポムニットさん。
俺はいつものように言ったけれど、彼女は少し驚いた顔ですぐに”どうかなさったんですか?”と聞いてきた。
さすが、というか。
分かって欲しかったような、そうでなかったような。
付き合いの長い彼女には、隠し事は出来ないらしい。


「もしかして、またフェアさん絡みですか?」


コポコポと音を立ててポットからお茶を注ぐ仕草は、思わず見入ってしまうほどに優雅だが、それとは反比例するようにポムニットさんの表情は明るくない。


「また、って…」

「おぼっちゃまといい、ライさんといい、暗い表情をなさってるときはいつも考えていることが同じなんですもの」


ズバズバと言ってくるその態度からするに、家でルシアンのおせっかいを焼いているに違いない。
ポムニットさん、こういう話好きだから。

「ギアンさんは、ちゃんとフェアさんのことを大切に思っています」

ティースプーンが、手から滑った。


「…分かってるよ」


彼女はそれを拾い上げて、言う。


「優しい方です」


スプーンを袖で擦る。
上下反対向きに映った自分の顔は、とても言葉では表せないくらい、複雑な表情をしていた。


「分かってる、だから困ってるんだよ」


答えなんてとっくに出ていることを、もう知っていた。
でもだからこそ、それを受け入れるのが辛くて悩んでいる。
どうすればいいのか、分からないからまだ悩んでいるそぶりを、みせて。
救いを求めるように見上げれば、彼女は笑っていた。


「なら、それでいいじゃありませんの」


角砂糖を一つ、つまんで落とす。
ぽちゃん、揺れて波紋が広がった。


「急ぐ必要なんてありません、無理に変わる必要もありません」

「でも、」

「大切なことに、ちゃんと気づけているんですから。だから、ライさんは、そのままでいてください」


まるで母が子にするように、やさしく頭を撫でて、あやすように彼女は言う。
ほんのすこし、ほだされた様で、策略に乗ってしまったようで、けれどそれが嫌なわけじゃない。


「…うん」


なんだか照れくさくて、お茶のお代わりを入れようとポットに触れた。



「まぁ、それでも多少の心の準備をしておかないと子供が出来たときなんて大変ですよ」


ガシャン!
フェアのお気に入りの白磁の陶器が、跡形もなく粉々に砕けた。



「やっぱぜってぇ嫁になんてやらねぇ!!」



ああ、やっぱり女って生き物はシビアで、置いてけぼりの男にたいしてまったく容赦がない!







おいてけぼり