等価交換。
何かを得るためには同等の何かを捨てなければならない。
錬金術の基本。

でも、それが世の中のすべてじゃない事位、本当はとっくに知ってた。









「大佐のバカ、アホ、無能」

腕に収まるほどの小さな存在。
細すぎて、抱きしめたら折れそうだった。


「本気でやったら戦闘訓練にならないだろっ・・・・・・・」


ぽろぽろと、涙をこぼしながら彼女は言った。
傷だらけの腕で、大きな手を取って、そしてまた泣いた。


























エドワード・エルリックという人間がこの世に生を受けたのは十九年前。
エルリック家の『長女』として。


しかし、彼女は生まれる前からこの世に生まれ出る可能性を危ぶまれていた。
医者は言った。

『あなたのお子さんはまだ生まれるには早すぎる体なんです』

未熟児、未発達の体。
それでも腹の子はこの世に生まれようとしていた。
母は絶望した。
泣いて、泣いて、神に祈った。


子供が生まれた日、なんとか生きて生まれてきたものの命の灯火は消えかかっていた。


『死なないで、死なないで・・・・・』


細々と命を繋ぎ、子供はこれから成長して行く。
せめて、健やかにあるようにと女児に男児の名前を付けた。


エドワード・エルリック

それが子の名前だった。

そして母の願いは聞き届けられた。
子供は順調に成長していった。
もう命にかかわる時期は過ぎた、医者にそう告げられても母は子の名を改める事をしなかった。
子供の命を守ってくれた名だからと、娘は男の名のまま暮らした。
名前のせいか、性格まで男の子のように育ってしまった娘に、母は諭すように言った。


『エドは女の子なんだから』


それでも、長姉としてエドは家族を守りたかった。
自分よりも幼い弟、儚げに笑う母をどうしても守りたかった。


父は、家にはいない。
家族を守るのは自分の役目なのだと、口癖のように言った。



『オレがアルと母さんを守るんだ』



勝気な瞳で、誇らしそうに胸を張って言った。
それは子供のちっぽけな意地で、虚勢でもあった。
それが崩れたのは大好きな母が死んだ日、そして弟の体と自らの手足を失ったあの日。
泣いて、泣いて、泣きぬいた。
それでも前に進まなければ自分は生きていけない。





絶望の淵で、転機が訪れた。













『国家錬金術師』

















それが唯一の先に進む術で、生きていくための道ならば、進む意外に何をしろというのだろう?
エドにとって迷う暇など有りはしなかった。

そうしてエドは軍人の差し伸べた手を取って、進んだ。








ただひとつだけ、何年間も言わなかったことがある。
書類不備は、年齢だけではなかった。
知る人は知る、鋼の錬金術師の物語。
若くして、強大な組織を破壊し、平安をもたらす手助けをした軍の狗の物語。
語られなかったのは、エドが『彼』ではなく『彼女』だということだけ。
少年ではなく、少女だったということだけ。

少年は、自分と己の先を見てこれ幸いと『男』として生きた。
女であることが、自分にとっての未来には邪魔なものでしかないことをエドは分かっていた。






















「もう・・・・・終わったから、だからちゃんと話して驚かせてやろうって思っただけだった」


長い間騙しつづけてきたことに、我慢できなかったのかと、エドは問う。
今までこんなロイの姿は見たことが無かったから、泣きはらした目でロイの目に問うた。


「・・・・・・・・・・・・」

「まさかこんなに怒るなんて思いもしなかったんだ、ごめんなさい」


何も答えずにただ傷だらけの体に触れているだけのロイに言って、エドは黙り込んだ。


















「すまなかった」








「え・・・・?」








「すまなかった、エド」




















欲しかった。
ただそれだけだった。
だから力ずくで奪おうとした。
ねじ伏せて、自分だけのものにしたかった。











「すまなかった」










なのに、腕に収まる小さな存在が泣いているのが悲しくて堪らない。
手に入ればそれだけで満足するはずだと思っていた。
理由を聞くという約束とは関係なく、打ち負かして手に入れたかっただけなのに。
エドは自分を責めて泣いていた。
子供の悪戯のようなものだったのだろう。
ただ、驚かせたかっただけ。

全力でぶつかってくるロイに、どれほどの恐怖と罪悪を感じただろう?

身勝手な執着心で、どれほどエドを悲しませただろう?













「すまなかった」













ただ、謝罪の言葉を吐きつづけることで、さっきまでのことを無かった事にしたかった。
ただ、好きだったから嫌われたくなかった。










「怒って無い、嫌って無い、だから泣くな」










その言葉に、エドは俯きながらも小さく頷いた。





















END





















この後、傷だらけのエドを見てホークアイが本気で激昂し、軍部に所属する全ての男性陣がロイを闇討ちしたのは言うまでも無い。