こんな始まり方があるものか、と思う。
今まで禁忌だからと、心の奥底に封じてきたものが音を立てて崩れて行くのが分かった。
そばにいれば、何時か駄目になってしまうからと、離れた。
仕事を盾にとって距離を置いた。
卑怯にも自分の立場を利用して、非情にも君の事を忘れようとした。
そんな事、できるはずも無かったけれど。
その日、中央司令部は湧き立っていた。
なんというか、表現知ずらい熱気が辺りに立ち込めて落着かない。
原因は昨日着任したという年若く有能な少佐。
年齢と地位はともかく有能だというのはあくまでも噂。
実際に有能だと知る人物はこの中央には数えるほどしかいない。
しかもその人物について知る者も少ない。
着任したてで情報が少ないというのは本当の話だが、実際は直属の上司にすら全くといっていいほど情報が入ってきていなかった。
こんなことが知れては本人の地位が危ないために公言しないだけであって、つい昨日までは名前はおろか性別すら聞いていなかった。
普通ならばこんなことはありえない。
しかしそれはあくまでも世間一般から見た『普通』というカテゴリに属するもののみに当てはまるもので、普通でなければ当てはまらない。
とにかく、新任の少佐は普通ではない。
中央に属するありとあらゆる官職の者が知る、事実であった。
証言その一:『あれはもう神の創った芸術品だとしか思えない!!いや、むしろ神だ!!そう・・・美しい金糸の女神・・・・』
証言そのニ:『外見はもちろん内面的に見ても完璧としか言いようがありません!!にじみでる優しさとか、自愛の心とか・・・!』
証言その三:
『中央で仕事してて良かった!!!!』
あと何件かの証言があるのだが、三つの証言以上にイカれた証言なので紹介するのは控えておく事にする。
さて、これはいずれも男性による証言ではあるが、ここ一番の出世頭であるロイ・マスタング腹心の部下たちに話を聞いてみる。
証言その一:『昨日のあれは幻であってほしいと願う!!!』
証言そのニ:『信じられない・・・・・ですけど、本当に本当なんですよね・・・・・?』
証言その三:
『事実は史実よりも奇なり』
と、なにやら意見の食い違いが見られる模様。
「こんなことがあってたたまるか!?」
「いいかげんに現実を見てください、小将」
手元にある数枚の紙。
その全てが事前に届けられるべきの『エドワード・エルリック少佐』に関する資料だった。
三年も前に弟と生身の手足を取り戻したはずのエドワードは今現在立派な『軍人』である。
それだけでも驚くには充分のはずなのに、握り締めた紙の性別の欄には確かに『女』と記されている。
「突発出来事に早急に対応できないようでは軍人失格です」
あのロイ・マスタングが本気で怒鳴っているにもかかわらず、いつもの姿勢を崩さずにさらりと言ってのけるホークアイは眉一つ動かさない。
同じ部屋でその会話を聞き、目で見ている方としては冷や冷やものの光景だったが、思うことはロイと同じである。
エドワード少佐が着任してから丸一日。
彼らは恐慌上状態に陥り、頭の中を疑問符でいっぱいにしながらもとりあえず仕事をおろそかにする事は無かった。
「・・・・・・・・君は最初から全て知っていたようだが?」
強い眼光で半ば睨み付けるように言っても、ホークアイはひるみもしない。
上官命令でも、口を割らない。
否、割れない。
「私の口からはお話しできません。実際に彼女にお聞き下さるよう、言われていますので」
誰から、とは言わず。
「君は・・・・」
「練兵場の第三訓練施設です」
「ッ・・・・・・ハボック、あとはまかせた」
言いおわる頃には、ロイの姿は執務室から消えていた。
ハボックが反論する間も無く、カツカツと靴音を響かせながらロイは練兵場へ向かった。
「貧乏くじ引いたの俺だけなのか・・・・・・・・?」
「御愁傷様です」