誰かのためでなく、ただ自分のために。
見返りを求める訳じゃない、ただ自分のやりたいようにするだけ。
世界を包む太陽の光は誰にでも等しく降り注ぎ、そうやって世界は動いていく。
世界の中のちっぽけな自分。
それでも、世界はそんなちっぽけな存在の寄せ集めでしかない。
ただ、それに気付く人間はほとんどいないのだけれど。
気付かない、気付かなくとも生きていくことが出来るから。




「それって幸せな事ね」



穏やかな風が吹く中、呑気に大尉とお茶をしながらそんな事を話した。
彼女はそういったけど、本当にその通りだと思う。
世界の真理を知っても、幸せに慣れる訳でも無し。
難しい事を考えても、頭が痛くなるだけ。
別に、どうでもいい事なんだけどさ。



「オレはあっさりそういえる大尉が凄いと思うんだけど」



紙製のカップを傾けながら、彼女は苦笑混じりに言った。



「あなたも十分凄いわよ、エルリック少佐」



わざと階級付きで呼ばれて、からかわれている事を知る。
彼女の視線の先に、何か気配を感じてオレもそれを追う。
鍵の掛かったドアの向こうに、数名の気配。
まあ直属の上司、又は同僚達はこんなヘマはしないので名も知らぬ下士官達だろう。




「そんなに驚くような事じゃないと思うんだけど」




思わずため息が零れる。




「貴方の名前を知る人物は多いわ、仮にも鋼の錬金術師ですもの。しかもその若さでその階級。極めつけは貴方が実は女性だったとなれば、興味も湧くでしょう」


「・・・・・・・・・やっぱ男として来た方が良かったかな?」


「男でも女でも、貴方は貴方よ。どっちにしろ目立っていたでしょうね」



あの頃の混乱もすっかり収まり、世界の各地に様々な傷痕を残しながらも人々は必死に生きている。
そんな中、最近の軍は・・・・・・・・・・・平和ボケしていた。
うん、だって仕事ほっぽりだしてオレなんか見に来るぐらいだし。
時に用がある訳でもないのに、やたらめったら声かけられるし。
でもなんか、少将とかは最近妙によそよそしい気もする。
ハボック中尉にそれとなく聞いてみたけど笑ってごまかされた。
なんか変。
これで良いのか中央司令部!ってかんじ。
まあ平和なのはいい事だけどさ。

もちろん今こうして三時のおやつと称してドーナツ食べていられるのも平和であるがゆえ。
あ、あと大尉の裏の権力。





「それじゃあ・・・・・そろそろお開きにしましょうか」




その言葉が大尉の口から漏れた瞬間、ドアの向こうで微かな音が去っていくのが分かった。
なにやら小声で囁きあう声やら、ブーツを鳴らす音。
・・・・・仕事しようぜ、大人なんだからさ。



「さて、私も少将の仕事の進み具合をチェックしないといけないし・・・・」


「オレも行っていい?」



中央転属から早や十日。
奇妙なほどにオレに仕事がまわってこないので、暇つぶし。
実際は猫の手も借りたいほどに忙しいだろうに・・・・なんでだろ?
首を傾げても、誰も教えてくれないからしょうがない。



「それは構わないのだけど・・・・・・・」


語尾を濁して、大尉が少し考えるような仕草をする。
来たばかりのオレが聞くとマズい事でもあるのだろうか?
仕事だから、仕方ないか。
姉のような存在の大尉を困らせるのは本意ではないので、オレは彼女が何か言う前に先手を打った。




「あ、でもハボック中尉の手伝いもしたいから。やっぱ止めとく」


「あ・・・・・・・」



大股で三歩、踏み出してドアを開ける。







「また、誘ってください。ホークアイ大尉」






パタン、とドアを閉めて廊下を走り抜ける。
中尉の手伝いって言うのも嘘じゃないから、暇つぶしに行ってやろう。
書類と睨めっこ、なんて随分長いことしていなかったし。





「さ〜て、お仕事お仕事」




割と、好きなのかも。
こういうの。
うん、いいかんじ。




































「・・・・・・・・全く、自分の魅力に全く気付いてないんだから」


モノ珍しさに見に来るだなんてとんでもない。
昔から天然だとは思っていたが、まさかここまでとは・・・・・・。



「ハボック中尉・・・ね、少将の機嫌が益々悪くなりそうだわ」



げに恐ろしきは男の嫉妬。
それにより、軍部内で小さな戦争が起こる事は必至である。
そして、大事な妹を守るために害虫を駆除するのは自分の役目。


見返りを求めず、ただ与える。
錬金術の基本なんて、糞喰らえだ。
そんな物が無くたって、こうして世界はまわってる。

世の中の摂理は案外と小さなモノなのかもしれない。









余談:エドワード少佐に仕事がまわって来ないのは、女神様の手を煩わせまいとする男達の水面下の努力の賜物であったとかなかったとか。




to muturu azuma