「馬鹿だな」
凛とした、声で。
「本当に、馬鹿」
私を罵る言葉を紡ぐ。
「もう絶対離してやらない」
ああ、貴方はあの後なんと言ったのだろう?
目を覚ますと、目に痛いほどの夕焼けが視界に飛び込んでくる。
なぜか、胸が痛い。
そう思った時心理的な感情でなく、物理的な痛みが胸を刺す。
ふと視線をやれば、胸からは血が流れていた。
人とは少し違うソレ。
手にこびりついた少しだけ鉄臭い液体。
「痛い?」
気配もなく、近づいてきた秋に座木は少し困ったような顔をした。
「量の割には痛くないですね」
「違う」
秋の白くて細長い指が赤く染まった胸を叩く。
「ココ、は痛くない?」
その言葉に、座木は違和感を感じた。
痛そうな顔をしているのは自分ではなく、秋だった。
刹那、胃の奥から競りあがってくる感情に心が揺れた。
「・・・・・たった今、凄く痛くなりました」
「そう」
言うと、秋は何時の間にか手に握っていた血のべっとりついたナイフを素手で握りこんだ。
ぷつり。
皮膚が切れて透明感のあるワインレッドの液体が流れ出す。
「秋ッ!!!!」
傷ついてしまう。
壊れてしまう。
タイセツなもの。
ダイスキナ、もの。
何よりも、愛しいもの。
コワシタクナイ!!!!!
「そんな声出すくらいならこんな事するな」
カラン、と金属質な音を立ててナイフが床に落ちる。
見た目を裏切るほど強い力で、秋は座木の腕を強く引いた。
「馬鹿だな」
怖くなるくらい、静かで優しい声音。
「本当に、馬鹿」
はっきりと、噛み締めるように。
「僕はちゃんと此処にいる」
「あ、き・・・・・・・」
この人はずるい。
「前にも言っただろう」
いつも、こうやって甘やかして、
「もう一生離してやらない」
こうやって自分は、一生この人から離れられなくなるのだ。