「ふむ・・・陛下トトの倍率がずいぶんと変わってきましたね」



燃えるような赤い髪を風邪に揺らしてフォンカーベルニコフ卿は楽しげに口元を歪めた。
手に持っているのは陛下トトの今週分の集計結果である。



「ふふふふっ。コンラート閣下が二位のヴォルフラム閣下を二倍以上の差を付けて余裕の第一位ですわ!!」



やや興奮ぎみで歓喜の声を上げたのは眞魔国に仕える女中の一人である。

アニシナの私室(と化した部屋の数々)で優雅に陶器のカップを傾けているのは、いわずとしれた毒女アニシナと女中三人。
城内、城下関係無しに行われている陛下トトの状況報告の係でもある。
陛下のご寵愛ナンバーワンをあてようという、なんともミーハーな賭け事であるが皆が楽しんでいるのだからいいじゃないかという赤の魔女の発言により眞魔国裏名物となっている。
配当を賭け、本気でのめり込む者もいるのだから状況報告はかなり重要だ。
しかも男女問わず・・・・・・・・。



「え〜、先週まではここまで差がついてなかったのにぃ〜!!!!」


「そうですよぅ、私なんかギュンター様に十口も賭けたのに・・・・・・・」


肩を落とす二人の女中に目もくれずアニシナはぺらぺらと手元の集計結果を凝視していた。
一方コンラートに賭けた女中は目を爛々と煌かせて胸の前で手を組んだ。


「あの二人をじっくり監察していれば他の殿方に賭けようなんて思わなくなりますもの・・・当然の結果ですわ」


「あ、まさか貴方一人で陛下を監察なさって・・・・・!?]


「ダメダメダメダメですわっ!!不可侵協定はどうなさったの!?」


ヒートアップしていく女中三人集を冷静にみていたアニシナがゆっくりと口を開いた。





「・・・・・・・・・そこまでおっしゃるからには、何か決定的な出来事があったのでは?」




きゃんきゃんと黄色い声を上げていた女中達がぴたりと声を静めた。
期待と好奇心に満ちた六つの目がコンラート支持派の女中を見つめる。




「・・・・・・・・・あれは四日前の夕方の事でした」









家政婦私は見た!!!












渋く煎れすぎた紅茶色の空の中、わたくしは使いにでておりました。
夕刻となり騒がしい市場の声のなかを歩みながら、わたくしは偶然あの二人をお見掛けしましたの。
フードを目深に被ってお顔は良く拝見できませんでしたけれど・・・あれは確かにユーリ陛下でした。
標準よりも小さ目の体、フードからちらりと除く真っ黒な御髪。
あの美しい漆黒はこの国では陛下以外に持ち得ないものです!

・・・・・・・それよりなにより傍らで微笑むコンラート閣下がいらしたのでそのことを理解するまで五秒とかかりませんんでした。
お二人がお忍びで城下に出る事は稀ではありませんし、偶然出会えた幸運を噛み締めながらその微笑ましい光景をみておりましたの。
城下における陛下トト参加者もコンラート閣下の姿に気付いたのか、わたくしと同じように遠巻きにみているものも少なくはありませんでした。
お互いの吐息が分かるほどの位置で楽しげに談笑する様は、傍目にみたら年の離れた仲の良いご兄弟のようで・・・・なんて桃色フィルターのかかったわたくしが思うはずもありません。
まあ、傍目からみたらたしかに仲の良いご兄弟かもしれませんけれど。
コンラート閣下に××口賭けている身としては、話のネタ・・・・もとい同士の皆様に是非あのお二人の近況をお知らせするべく一挙一動に注目して見入っていたのです。
距離が距離でしたので、さすがに会話の内容までは分かりません。
しかし楽しげにお忍びする御二人・・・・・ではわたくし達が満足できるはずも無く、わたくしはさりげなく御二人のみている露店に近づきました。






「それでっ!?そのあとどうなったの!?」


「ちょっと待ちなさいってば。話はこれからなのよ!!」


これからの展開、期待に胸を膨らませる女たちの妄想は極限にまで高まった。
ガチャン、とカップが浮くほどテーブルを強く叩き話の続きをねだる。
同士獲得の兆しに満足そうにうなずく女中は心の中でガッツポーズをした。
この調子で行けば国単位で『コンラート閣下とユーリ陛下の幸せを祈る会(別名オ×リー××ン×)』を開けそうだ。


「それで?」

「ああっ、ハイ。お話しいたします」






しばらく何ともなしに談笑していらしたお二人ですが、季節柄身を切るような冷たい風に陛下は身を震わせていた御様子でした。
看板の陰に身を隠したわたくしは、陛下がお風邪を召されないようにと祈りつつ聞き耳をたてておりましたとも。
ええ、もちろん周りの方々は不思議そうな顔でこちらを見ていましたわ。
でもわたくしがスッと御二方を指差せば、皆納得したような顔で自らも遠巻きに観察なさるので何の問題もありません。
何しろ下町の勝負師はもちろん、年頃のお嬢様方をはじめ家族単位で陛下トトにに参加なさる方もいるくらいですし。
自らの益のために最新の情報を得ておくことは何よりも優先すべきものなのです!!
・・・と話が逸れてしまいましたわね。
陛下が小さくくしゃみをなさると、閣下は眉をひそめて陛下の肩にそっと手を置きました・・・。











「それでっ!?」


会話の途中に言葉を挟む乙女の息は荒い。
それを見かねたようにアニシナは女中を嗜めた。



「この程度のことで一々話の腰を折るのはおやめなさい、全く話が進まないではありませんか」


「申し訳ありません、アニシナ様・・・・でも」



気になるものは気になるんですぅ、と地団駄を踏んで行き場の無い感情をぶちまける。
その気持ち、分からなくも無い・・・とアニシナも頷くが、彼女達とは興味の種類が違った。
どちらかというとそれによって得られる益の横領に関わるので、細かな動向がチェックしたいだけである。
それもこれも最近の発明がうまくいっていないのがいけない。
毎度毎度犠牲になるグウェンダルやギュンターが仕事にかこつけて実験の手伝いをしないため、余計に事が滞るのだ。
別に金が無いわけではないのだが、目の前には絶好の金づるが・・・主に手に届かぬ美形たちに邪な思いを膨らませる乙女達だが。

そしてその乙女達の一員が目の前にも。



「はぁ・・・・ギュンター閣下が壊れて陛下を攫って逃避行、なかなか良い読みだと思ったのだけれど」


「あら、それを言うならヴォルフラム閣下が既成事実を作ってゴールインの方が・・・・」


「もうっ!今はコンラート閣下のお話をしているのよ!!」






血走った目の乙女・・・いや、腐女子は中断された会話を無理矢理繋ぎなおす。
冷め切ったお茶を口に含んだアニシナは聞きながら今後の対策を練る。
一体どういう場なんだ、此処は・・・・・。


















「大丈夫ですか?」


心配そうに言って、閣下は自らの上着をさりげなく陛下に渡しました。
そんな閣下に陛下は小さく笑いかけました。


「大丈夫、ちょっと寒いだけだから」


聞くところによれば、陛下の住んでいらした国は眞魔国よりもずっと温かいとか。
成れない気候のなか、健気に御公務を全うされている陛下にギュンター閣下は随分と血液を無駄に放出してらした様子でしたが。・・。
あの御可愛らしい陛下なら、誰だって心配するに決まっています!
心配をかけまいと、なんでもないように振舞われる陛下・・・・ああ、なんて御優しい!
とはいっても、冗談抜きに陛下のご様子が御悪いように見えます。
看板の陰からではあまり細部まで見ることは叶いませんでしたが、心なしか目も潤んでいるような気が・・・・。


「陛下はそういって何時も無理するから・・・・」


「陛下って呼ぶな、名付け親」


「すみません、つい癖で」


最早お二人の間では半ば挨拶と化している掛け合いも、微笑ましくはあったのですがコンラート閣下の眉間には相変わらずグウェンダル閣下のような深い皺が刻まれたままです。


「コンラッドー?グウェンみたいになってるぞー」


少し背伸びをした陛下が向かい合った閣下の眉間の皺を伸ばすように、指で触れました。
と、とたんにただならぬ空気が流れます。
ハッと、一瞬固まった閣下も正気に戻り、わたくしは手に汗握りじーーーーーーーーっとその光景を見つめていましたとも。
おそらく無意識下のことなんでしょうが・・・・・フィルター越しに見るソレはなんだか意味深です。
まわりもそうなのでしょう、賭けの配当がどうの、やっぱりコンラート閣下なのよねぇ、とか小さな囁きが耳に入ってきます。
それに気付かないお二人は会話を続けます。


「・・・・・・・ユーリ」

「へ?」


顔に触れたままの手を、閣下がそっと握って外すとそのまま陛下をご自分の方へと引き寄せました。
真面目なお顔の閣下は陛下の手を見つめたまま動きません。


「手が熱い・・・間違いなく風邪ですね」

「なっ・・・・へ、平気だから!ヴォルフラムやギュンターに風邪だなんて知られたら・・・」


ああ、確かにそれは怖いかもしれません。
陛下のお気持ちも分からなくもないのですが、眞魔国に住まう者としては陛下の身が何よりも大切なのです!!
もちろん閣下も同じ筈。
閣下は上に羽織らせただけの上着をしっかりと前で止めてから、焦ったよう陛下の腕を引きました。


「ちょっと、コンラート!平気だって言って・・・・」


ワタワタと手を大きく振る陛下ですが、足がふらついて体調の悪さは火を見るよりも明らかです。
そんな陛下の様子にじれたように閣下が陛下に向き直って、その反動で閣下の胸に飛び込んだ陛下が小さくうめき声をあげました。
閣下は鼻を押さえて目を閉じたままの陛下の額に手を置いて、一旦離してから


「こんなに熱があるのに・・・平気な訳がないでしょう」


そう言って、陛下の額に自分の額をコツンと合わせ・・・











「っきゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


「なにそれっ!?イイッ!!!!!!良すぎるシュチュエーションだわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」






まっ黄色な悲鳴が血盟城に響き渡る。
火のついた腐女子には手のつけようも無い。
耳の奥でキーーーーンと音が響いているが、アニシナ以外は一向に気にしていない様子だ。

何事かと駆けつけてきた兵士のせいで話は中断を余儀なくされた。
続きの話は聞かずとも、一番の佳境シーンについては聞けたので女中達はそれで良しとしたようだ。

が、一人部屋に残ったアニシナは様々な思想をめぐらせ、悶々としていた。





「コンラート・・・・・」

デコくっつけあって熱を測るだなんて、今時どこの恋人達だってしない。
ええ、絶対に。






「・・・・・・」





恥かしい奴め、心の底でそう呟いて配当金の心配とそれに対する策を練るアニシナなのであった。








結論



そんな恥ずかしい行為を大衆の面前でみせられちゃ、だれだってコンラートに票入れるよ。