小さい頃、ただ綺麗だからと集めていた硝子球。
日に透かすとキラキラと輝いて、母さんの持っていた宝石にも負けないくらい綺麗だと思ったんだ。


だから、大切に大切に箱に閉まっておいた。
傷つかないように、無くさないように。

とても とても たいせつだから
箱にしまって、誰にも見つからないようにしておいた。

それもいつしか存在ごと忘れてしまっていたけれど。









硝子球の見る夢





あまり乗り心地の良いとはいえない船の上、夜空には雲を割って僅かに星が覗く。
そのちっぽけな光に、なぜか心が落ち着いた。
あまりにも目まぐるしく動いていくモノに、息をつく間もなかったけれど皆が寝静まったこの時間は落ち着いていられる。
夜なら昼よりは誰かと会話をする時間は当然少ないし、なにより無理をしなくても良い。
揺れる床の上を、空を見上げながら歩いた。
よたよたと、歩きを覚えたばかりの幼子のようにふらついて上手く歩けない。


「陛下」


よろめく俺の腕をヨザックが掴んだ。
一人で出てきても、ヨザックが常についているから転んだりすることは無い。
何時も転びそうになる前に必ず手を取ってくれるから。

「わざとですね」

「そーだね」

ハァ、とヨザックがわざとらしく大きなため息をつく。
掴んだ手を握ったまま、膝を折って床に膝をついた。

「御辛いですか?」

そういうヨザックの方が辛そうで、なんだかいたたまれない気分になる。
彼は何時もフザケタように振舞っているけれど、頭も切れるし人の気持ちもよく汲んでくれる。
分かってくれているから、聞くのだろう。


「・・・・・・辛くはないよ」


「陛下・・・・・!」


覇気の無い俺の返事に、ヨザックは苛立ったように語気を荒くする。
きつく掴んだ腕には冷たい汗が滲んでいた。
一瞬引きつった咽からは、からからに掠れた声が出た。


「辛くない、ただ痛いだけ」


俺の言葉に、目を見張ったヨザックはその後目を伏せてから黙り込んだ。
ざざん、と波の音だけが響いてとても静かだった。


「ごめんな。ヨザックにそんな顔させるつもりじゃなかったんだけど」


昼間の時のようにはおどける事ができなくて、半端な慰めしか出来なかった。
本当は、こんな弱音は吐くべきではなかったんだ。
言ってから後悔したけど、もう遅い。
冷たい風が吹き付けてきて、思わず身を振るわせた。
なんだか身体も随分冷たくなってきているし、頭も少し痛む・・・・・けど、頭痛は別のことが原因だから平気だろう。
でも随分長い間薄着で出歩いているから風邪を引いたのかもしれない。


「ほら、風邪引くし・・・・・もう戻ろう?俺は平気だからさ」


これ幸いと、冷たい風を言い訳に無理矢理会話を中断させた。
でも、ヨザックはその場を動かない。
握った手がじんじんと痛む。
これ以上、この場にいたくなくて手を振り解こうとしたけれど所詮はコドモと大人の力だ。


「ヨザックッ・・・・!痛いってば!!」


「すみません、陛下・・・・・本当に」


言葉の奥にあった謝罪は、強く握りすぎた腕のことなんかじゃなくて、もっと別の物で。


「すみません・・・・・」


「・・・・・・・」


取り繕う言葉も出なかった。
ヨザックが痛いのは、俺の痛みが彼のせいだから、上辺だけの言葉で誤魔化してしまうことはできなかった。
きっとヨザックは俺よりも彼に近くて、ちゃんと理解しているから辛いんだと思う。
でも自分が身を置くその場所が何よりも大事で、何にも代えがたいものだから。
感情や、思考だけではなくて繋がる物が傷を深くするんだろう。
それはとても辛くて痛い。



「ねえ、ヨザック」


深く、息を吸って。
痛む頭を片手で押さえた。



「コンラッドはさ、俺を大事にしすぎなんだよな。宝物みたいに、箱の中に入れて・・・・・・俺みたいなヤツにそんなことする必要ないのにさ」


本当は、本人に言ってやれたらよかった。
その勇気が出ないから、今すっごく痛いんだろうけど。
だから、不本意だけど傷の舐め合いみたいになってしまってカナリ嫌。
でも、言わないと癇癪持ちの子供みたいに喚き散らして暴れまわりそうだったから。




「けどさ・・・・俺はそんなにずっと守ってもらわなくたって平気だし、簡単にやられちゃったりはしないよ。女の子じゃないんだしさ、だから・・・・・」



だから



「・・・・・・・・・戻ろっか」


続きは言えない。


「ええ・・・・・・・・」


掴んだままの手の甲に、ヨザックの唇が軽く触れて離れた。
特に驚きはしない。
それは慰めでもなく、同情でもなく、誓いだったから。

脳の中で、同じように俺の手をとって笑う彼がいる。




『変わらぬ忠誠を』



言わない。
言ったら、多分泣く。

柄にもなく、馬鹿みたいに。
手を伸ばせば、届く所にいる彼に何を言ってしまうか分からない。
何をするか、分からない。











「いつまでも、守られてなんかやらないよ・・・・・・・・」










閉じた目の奥で、あの日と変わらない彼が笑った。