今日も今日とて、デーデマン家に常識は無かった。



それが現れたのは、寒さが一段と激しくなった二月のある日だった。

「うわ・・・・なんだ、こりゃ」

発見したのは、その日一番早く起きたディビッドである。





「うわ、すごいね、これ・・・・」

「ありえない・・・」

ひとまず屋敷の者が全員起きだして、朝食のときにそれのことを言うと、流石の面々も唖然とした顔になった。
それを見てなぜか第一発見者のディビッドが胸を張る。

「すごいだろう?俺も朝見たとき驚いたんだが・・・」

「ほんとにすごいわよね、なんでこんな時期にあるのかしら?ってゆーかなんでこんなとこに・・・・」

それをさらりと無視してツネッテが首をかしげる。その背後ではディビッドが所在無さげな顔をしているが、そんなものアウト!オブ!眼中!!である。
AやBも困惑気味な顔をしていたが、そんな中にも冷静な人が一人。
我らがセバスチャンである。

「こんな常識外のことをやるのはあいつしかいないだろう」

「え、セバスチャン、わかるんですか?」

さも当然とばかりにつぶやくセバスチャンにAが尋ねる。
その様子に、はっ、とばかりに口を歪めるのに、何かを感じるB。
恐ろしげにセバスチャンのほうに視線を向けるが、何食わぬ顔で無視される。

「??セバスチャン?」

頭の回転の鈍いAは何もわからないらしい。傍で見ていたツネッテやデーデマンはそれが何か、わかったようにBのほうに憐れそうな目を向けた。
向けられたBのほうは、自分の想像を「ありえないありえない・・・・」と何度もつぶやき、否定していたが、すぐにそれがまったくの無駄になった瞬間が来た。



「やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」



お向かいのユーゼフ登場。
相変わらず気配を消して登場する彼に、いい加減なれてきた面々は、特に何も気にすることなく挨拶を返す。
しかし。

「おや?B君は挨拶なしかい?つれないねぇ・・・」

ユーゼフが背後にいきなり現れてから、ピシッ・・・と石化していたBににっこりと笑顔を向けながら肩にポンッと手を置く。

「う、うぎゃぁぁぁぁああああ!!!」

「はっはっは、また追いかけっこかい?好きだねえ君も。・・・・いい加減、諦めればいいのにねぇ」

朗らかに笑いながらも背後に暗いオーラをたちこませると、ユーゼフはBを追って走り去っていった。・・・・・その速度は、尋常ではなかったが。
疾風のごとく去っていった二人を見ながら、その場に残った者たちはおのおのにBに対して祈りをささげた。



「さて・・・・そろそろ仕事を始めるか」

一息ついてからセバスチャンがそう言ったのをきっかけに、自分たちの仕事に戻っていく使用人's。その場には誰もいなくなった。
一人の人物を除いて。

「きれいだなぁ・・・・」

コックであるデイビッドだ。
突如現れた例のものを見上げて魅入っている。
それに気づいたセバスチャンが立ち止まり、顔だけを向けながら尋ねる。

「・・・・仕事は無いのか?」

「ん〜昼食の材料はあるからなぁ・・・特には」

「そうか・・・」

変わらずに上を見上げているデイビッドにつられたように、セバスチャンも上を見上げる。
視界に映るのは、薄桃色の花弁。

「冬だというのに・・・・桜とはな」

「ありえないんだけどな~ここにこんな木無かったし」

「・・・・魔王の仕業だからな、当然だろう」

ふっ、と疲れたようにため息をつく。それを横目で見ていたデイビッドは、にかっと笑った。いつもの、ほのぼのとした太陽のような笑顔で。

「そりゃそーだなぁ。・・・ハニーは桜嫌いなのか?」

唐突な質問にしばし考えた後に、セバスチャンはぽつり、と言った。

「・・・特に考えたことは無いな。だが・・・綺麗だとは思う」

ふっ、と。
先ほどとは違った微笑で笑う。それに、デイビッドは目を奪われる。
風になびくさらさらの髪は、漆黒の。眇められた瞳は、闇色。桜色の唇がかたどる微笑は儚げなもので、ひらひらと舞う花びらと相まってその姿はまるで精霊のような・・・

「・・・どうした?」

急に掛けられた訝しげな声に、はっと我に返る。その口調はいつも通りのもので無意識にほっと息を吐く。それにますます訝しげな目線を向けられるが、花に向けられていた視線が今は自分に向いている事に気づいて、それが無性に嬉しく感じられて、デイビッドはにっこり笑った。
それに、セバスチャンは一瞬きょとんとしたような顔をするが、つられたようにふわっと笑う。





麗らかな、春のような今日。

恋人未満な二人の心にも、春が訪れたのかも・・・?













後日談



「そういえばさ~なんで桜の木なんだろう?」

「知るかそんなの!!頼むから話題に出さないでくれ!!」

あの日から一週間がたとうとしていた。庭にある桜の木はいよいよ満開に近づいており、冬の情緒がそっちのけになっている。
明日にはもう咲ききっているだろう。明日の、バレンタインデイには。

「・・・・B」

それまで黙っていたセバスチャンが不意に何かを思い出したように目線を向けた。
それに、その場にいる面々(デイビッド、ツネッテ、B、A)の視線が集中する。
そんなことは気にせずに、確認するように尋ねる。

「お前、確か好きな花が桜じゃなかったか?」

予想だにしなかった言葉。しかし、それがすべての謎を解明した。
その答えにBは、ははっと乾いた笑みを浮かべるしかない。その傍で他の三人は納得して頷く。

「意外とロマンチストよね、ユーゼフ様って」

「すごいよね〜。これが愛ってやつなのかなぁ〜」

「ホワイトデイは三倍返しが鉄則だぞ、B君よ」

やけに神妙な顔で言い、ポンッと肩をたたく。泣きそうな顔でデイビッドを見上げるBは、その直後に言い放った。



「誰か俺に安息の地を与えてくれーーーーーー!!」





その声は、海をも越えて世界中に響いたとか響かなかったとか。



                                 END