ドドドド・・・・・・・ッ。


段々と自分の居るほうへと近づいてくる地響きのような足音を聞き、セバスチャンは眉をひそめた。
これからおこると予想できることは彼にとって面倒以外の何物でもない。
分かっているからのため息であり、しつこいようだがこれが彼の日常であった。



(またBか・・・・?いい加減ユーゼフ様に慣れないと近く過労死するぞ、本当に)


大きなため息交じりに心の中で呟くと、セバスチャンは暫し物思いにふける。

此処最近はBの悲鳴がフラン●フルト中に響き渡らんばかりにボリュームアップしていて五月蝿くて仕方ない。
まわりの仕事効率は下がるし・・・・というか寧ろ仕事が増える上、B本人は魂が抜けきって全く使い物にならない。
ようやくおちついたと思った頃にユーゼフが尋ねてきて、振り出しに戻る。
Sの上を行く極SのユーゼフはBで遊ぶと同時にセバスチャンにも密やかに嫌がらせをしていたりするので、もう最上級に機嫌も悪くなる。
更に更に、旦那様はというと頭にきのこを生やしていじけに入り、ヘイヂは順調に巣穴帝国を広げるわで、セバスチャンのフラストレーションは下がりっぱなしなのであった。
否応無しに溜まっていく書類と格闘し、ちょこまかちょこまか動く人間と格闘し、疲労はたまり、私事に割ける時間は減っていく。
セバスチャンの場合無駄は極限にまで省いているので、仕方なく減らすのは睡眠時間。
睡眠時間を削って削って削って・・・・今日で徹夜四日目である。
お肌荒れ気味、隈在中。
自分でも意識しない内に八つ当たりで少しずつストレスを発散していることにはまだ気付いていない。
というか多分気付いてもそのまま発散しつづけるだろうが。
自暴自棄になるというほどでもないが、猛烈な破壊衝動が押し寄せてくる。



「・・・・・・もういっそのこと殺るか」



ぼそり、と零した言葉はセバスチャンが手にした刀によって半ば現実のこととなりかけた。
あー、もうういいよ。やっちゃおう。
どこか遠くでそんな声が聞こえたような、聞こえなかったような・・・・。

このときセバスチャンの体は戦闘モードにスイッチが切り替わった。
周りの空気が張り詰め、ピリピリとしている。
コツ、と靴底が冷たく硬質な音を立てて一歩前へと歩み出た。
足音はもうすぐそばまで近づいてきている。

涼やかな音を立てて、刀の刃を返すと音源へと向き直る。

後5秒


4

3

2




1



ブォンッ


「うおぅっ!!」


剣風が巻き起こるが・・・当ってはいない。
当る寸前で上手い具合に上体が反れ、かわしたらしい。
セバスチャンが刀を構えなおす、・・・とそこでようやく現れた人物がBでないことに気付いた。


「・・・・・・・・・・・チッ」


「・・・・・ハニ〜、イキナリ切りかかってきて舌打ちはないだろー」


「・・・・・・悪かったな。じゃあ俺はこれで・・・・・」


懐に武器をしまいこむと、そそくさとその場を去ろうとするセバスチャン。
ディビッドは慌ててセバスチャンの腕をつかんだ。


「STOP!!!」


動きは止まったものの、セバスチャンはディビッドの方へ顔を向けようともしない。

掴んだ腕を振り払われなかった分だけましか、とひとりごちてディビッドはガリガリと頭を掻いた。
普段他の面々に比べて蔑ろにされない分だけ急に冷たくされると相当傷つく。
午後のささやかなティータイムは潰れるし、会話らしい会話なんてここ数日皆無だし、禁断症状で朽ちそうだ。
本当は爆発寸前にまで高まったストレスを八つ当たりで発散しているだけらしいが、理由があってもイヤだった。
平気かなとも思ったが、相当キた。

そんなわけで、ディビッドは壊れていた。












「ハニー、俺と寝よう!!!!!!!」









直球・・・・なのはいいのだけれど、誤解率が非常に高い言い回しである。
意訳的には『睡眠足りてないんだからちゃんと睡眠とろう!』ぐらいなのだが、そんなの分かりようもない。
セバスチャンの目が、僅かに細まり空いた手が懐に伸びた。





「・・・・・・・・・・・」






ヒュ、

風が鳴る。
目にもとまらぬ速さで振り下ろされるひっさきが、ディビッドの頬を掠めた。
皮膚が裂けて、血が僅かに滲むがディビッドは怯まずにセバスチャンの手を手刀で薙いだ。

あっけなく、刀が床に落ちてセバスチャンは瞠目した。



「疲れてるならまず睡眠!!次に食事!! Do you understood?」



最初からそういえばいいのに・・・・と他からツッコミが入りそうな彼の脳内の考えにセバスチャンがようやくいきあたったようである。
セバスチャンも身を気遣われているのに相手を邪険にするほど愚かではない。
とりあえず疲れている所を狙われたのではないと、自分に言い聞かせて開くのも億劫な口を開いた。



「だが仕事がまだ・・・・・・」


「問題無用〜〜〜!!!!!!」



まだ掴んだままの片手をぐい、とひっぱりセバスチャンを正面に向きなおさせるとディビッドはそのままの勢いでセバスチャンの唇に自分の唇を押し付けた。
セバスチャンが抵抗する前に、手で顎を掴み上を向けさせ乱暴に舌を突っ込んだ。
同時に、小さなタブレットがセバスチャンの口に流し込まれる。



「っ・・・〜〜〜〜〜!!!」


ゴ、クン


そして、呑み込んだ。


目の前が反転して、意識はそのまま遠のいて・・・・・。
































「・・・・・・・・・・・・・・」



そろそろ朝食の時間かと、部屋を出て廊下を真っ直ぐ20mほど進んだ頃だっただろうか。
角を曲がると、目に飛び込んでくるどうみても人間二人。
スースーと寝息を立てている二人の顔は、起きているときよりも少しばかり幼く見えた。

どうすべきか。
彼女は考えた。
しゃがみこんで、眠る彼らを数十秒見つめたあとに彼女は眼鏡をグイと上げてから立ち上がった。
着物の裾が揺れてシュル、と音がなる。






「放っておきましょう・・・・・・」




今日の朝食はどうなるのかしらね、とマイヤー女史は静かに呟いてその場を去った。
その日は昼頃まで執事の厳しい叱咤も全くとばなかったという。


デーデマン家にしてはめずらしく、とても穏やかな半日であった。