これは前回の『デーデマン家使用人日誌2』から数日後の記録である。
まあいつものようにB君が悲鳴をあげつつ御向かい宅のご主人に追いまわされ、連れまわされたその次の日。
空も白み始め、早起き組みのヨハンさんが自室のドアを開けたところ、シーツに包まっていたB君が発見されました。
全身を小刻みに震わせながら、全身に闇の余韻を引き摺り見るも哀れな姿になったB君を見たヨハンさんはこれは大変と執事を呼びに走ります。
どう見ても尋常でないその様子はとでも放っておけるじょうたいではありません。
今回はセバスチャンもなんとかしてくれるでしょう。
使用人を纏める立場にある彼は屋敷内で一番最後に眠り、一番最初に起きます。
今の時間ならば仕込みのチェックに厨房に居るでしょう。
すれ違ったマイヤー女史に朝の挨拶をし、厨房への道のりを辿っていくとディビッドの声が漏れ聞こえてきます。
セバスチャンと仕事の話でもしているのかと、3回のノックの後厨房のドアを開けました。
「おや・・・?」
しかしそこにセバスチャンの姿はなく、床にのの字を書いて一人ブツブツと歌を口ずさんでいるディビッドの姿がありました。
今朝のBに負けないくらいに背後に悪雲をはりつけたディビッドの姿は普段見られないだけに壮観でした。
「こっちを向いてよハニ〜・・・・・♪・・・・・・フハハハハハハ・・・・・・ッ」
重低音のキュー●ィーハニーが厨房に寂しく響いている。
後にヨハン氏はこう語った。
『壮観というかなんと言うか・・・・・正直キャタクター崩壊の危機を感じました』
そりゃああのデーデマン家の数少ない癒し、マイナスイオンの発生源であるディビッドの心が沈んでいる所を見たことなど彼が雇われてから一度もなかったような。
何が起きてもケロッとかわしてしまうディビッドだが、一体なのがあったのだろう。
そもそもキュー●ィーハニーの歌を歌いながら乾いた笑い声を上げられても不気味以外の何者でもない。
「あの・・・・」
ヨハンが躊躇いがちに声を掛けるとディビッドはゆっくりと振り返った。
ギギギ、と音でもたってそうなほど機械的な動きであった。
「ヘル・ヨハン・・・・もしかして・・・もう朝・・・・・?」
「はぁ、もう日が昇りますが・・・・」
「ぅ・・・朝食の支度・・・・」
激しくよろめきながらディビッドが腰をあげた。
どうやら朝食のしたくもしていないようだ。
「何かあったんですか?」
訳を聞かずしてこの場を去る訳にもいくまい。
Bもやばいがそれ以上にディビッドはやばかった。
度合いは勿論頻度的に。
ディビッドの返事を待つこと十数秒。
重いため息を吐き出したディビッドはポツリ、と一言零した。
「ハニが・・・・・・・部屋に入れてくれないんだ」
―――――――――――間
「は?」
「部屋に入れてくれるどころか会話さえも鼻先でシャットアウト、折角お茶のために最高級の茶葉を用意したにもかかわらず無視・・・・ハニー禁断症状で死にそうだ・・・・」
思わず聞き返したヨハンに対し、ディビッドは早口でまくし立てると片手で顔を覆った。
ああ、お茶会ね・・・・。
紛らわしさ200%のセリフに数秒間停止していたヨハンは後から追加された会話で全てを悟った。
ただし原因はもちろんわからない。
「俺が何をしたってんだ・・・・。確かに昨日御向かいさんのイケニエになったB君を見てみないふりをしてみたり、証拠隠滅したりしたけどさ。ハニーがどうにかしろっていったからなのに・・・。」
何気に腹黒いのかディビッド。
ディビッド、1にも2にもセバスチャン。
全ては彼の面倒ごとを取り除くための所業だったのだが、セバスチャンはご立腹だ。
彼らの知るところではないが、おもな原因はBの悲鳴が五月蝿いこととユーゼフの機嫌がウザイくらいにいいことであった。
とりあえず今朝方Bが放心状態で蹲っていた理由は分かった。
・・・・もともと分かりきっていたような物だが。
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「・・・・・・・・?」
「セバスチャンがちょっとしたことで機嫌を損ねるような時は大抵眠いときですから。必要な分だけ睡眠をとれば機嫌も直るでしょう」
ちょっとした八つ当たりのようなものです。
そうヨハンが付け足した瞬間、ディビッドは厨房の扉を勢いよく開き、部屋から飛び出した。
手に小粒大のタブレットを持って・・・・おそらく睡眠誘導剤かなにかであろう。
何故持っているのかはツッこんだら終わりである。
「・・・・・・・・・・・・・・」
そして残されたヨハンはというと
「一応問題解決・・・なんでしょうか」
そそくさと自らの仕事にと戻っていった。
そして数時間後、いつも道理の日常が始まります。
・・・・朝食は間に合わなかったようですが。