雪が、降っていた。



真っ白なパウダースノー。



いつものように少し隙間の開いた窓から空を見上げて、舞い散る雪を見ていた。
手を伸ばすと、手のひらに一瞬だけ雪が乗ってそれからすぐに消えた。




「ホワイトクリスマスですね・・・・・・」



すぐ後ろで声がした。
僕は答えない。



「月くん」



雪が降る。


すぐ消える。


都会の熱は冷たすぎる雪をもあっさりと消す。


僕はそれを見つめて、静かに泣いた。
悲しい訳でもないのに、涙が零れた。

背中に暖かな温もり。
竜崎は僕を抱きしめる。
僕は振り向かない。
僕は答えない。


視界が真っ白に染まっていく、意識が消える瞬間竜崎が僕に何か言った。
聞き取ることは、出来なかった。









エンドレスクリスマス












+ + + + + +









「ん・・・・・・・?」


瞼が重い。
ふわふわと宙に浮いているかのような浮遊感。
わずかに熱を持った体が小さく震えた。


「竜崎・・・・・・?」


上体を起こすと、上に掛かっていたブランケットが床にパサリと落ちた。
ソファの上で寝ていたせいか、体中の関節が軋んでいるような痛みを感じる。
右手をグッと伸ばすとパキ・・・と乾いた音が鳴った。


「・・・・・・・」


いつもなら竜崎は呼べばすぐに来る。
月がソファで転寝をするのは稀ではないし、むしろ眠っている月の顔を飽きもせずに見つめているほど。
起きれば、いつもそばにいた。
『おはようございます』と抑揚のない声で言って、すっかり冷めた砂糖たっぷりの紅茶を勧めてくるのに。

もう寝てしまったのだろうか。
薄暗い部屋、物音一つない部屋には竜崎の姿はない。








・・・・・・・ぃ・・・には・・・・・・が・・・・・・・・るよ・・・・・・・・・・







「え?」



風の音・・・否、窓は空いていない。
月の耳に届いたのはじっとりとした陰鬱な人の声で、誰も居ないはずの部屋を慌てて見回した。

誰も居ない。
竜崎も、居ないのだろうか。
この暗く、冷え切った空間に自分ひとりなのだろうか。



気にし出したら止まらなかった。
眠気が消えない体、頭が酷く痛む。


ふと、窓に目をやると原色の黒が空を覆い尽くしていた。
街の明りがない。
月の光もない。
夢のように、雪も降っていない。


冷たい汗が背筋を走る。


僕は、竜崎を探した。













+ + + + + +






雪が、降る。

雪・・・・・・・・?
それは雪なのだろうか。


白いはずのソレはただ



あかく

アカク

赤く


溶けた水は血のように赤かった。









+ + + + + +













「ぅ・・・・・・・・・?」



「おはようございます、月君」


竜崎、だ。
なぜだか竜崎の顔を見た瞬間に安心した。
馬鹿馬鹿しい、ただの夢なのに。


「おはよう・・・・・って、もう夜じゃないか」


「ええ、夜ですね。いい夜です」


竜崎が紅茶の入ったカップをテーブルに置いてから、窓に顔を向けた。
僕もつられるように窓を見た。
はらはらと舞う雪が街の明りに照らされて、とても綺麗だった。


「ホワイトクリスマスですね」


「・・・・・・・・ぁああ・・・・・・」


歯切れの悪い返事の理由はは、自身にもよく分からない。
竜崎が少し訝しげに首を傾げ、物いいたげに僕を見つめたが彼は何も言わなかった。

要れたての紅茶からは白い湯気が立ち上る。
竜崎はシュガーポットから砂糖を取り出して、角砂糖を三つ指で摘んで紅茶に放り込んだ。


「・・・・・・・・・なあ、竜崎」


「なんですか?」


馬鹿らしいと、思った。
自分でも。



「赤い雪を・・・・・・見たことあるか?


馬鹿らしい、そんなことあるわけないのに。
竜崎がゆっくりと口を開く。




「私は・・・・・・・・・・・・





















+ + + + + +







カチッ・・・・・・




「あ・・・・・・・・・」



時計の針の音で、靄がかった頭の中身が現実に引き戻された。


現実?

それともコレは夢なのだろうか?
わからない。


なにも、分からない。




「竜崎・・・・・・・・・」


冷たい唇は無意識に竜崎の名を読んだ。
自分が何を考えているのかすらわからない。
ただ一人でいたくなかった。
だから竜崎を呼んだ。




月はホテルのドアを開けても、竜崎は居なかった。
部屋のどこにも、居なかった。
『竜崎』はどこにも居なかった。











悪い子には黒いサンタが来るよ

黒衣に真っ黒な袋を携えて、貴方を正しにやって来る。









「・・・・・・っ!!!!!!」





今度は、あのときよりもはっきりとした声が聞こえた。
幻聴か、自分の下らない妄想か。



夢ならどうか覚めてくれと、願った。


醒めない、夢が醒めない。
こんなのは現実じゃない。


目の前にある、体温を無くした『ヒト』だったものが。
『竜崎』だったものが。
冷たい瞳で月を見ていた。

裂かれた腹から飛び出た臓器が部屋中に散らばって、錆びついた血のにおいが鼻を突く。
血が、真っ赤な血液が流れ出す。


赤い雪が、溶けてしまったよ。









黒衣のサンタが、やって来る。
ヒトの形をした死神を正しにやって来る。


断罪するために、やってくる。


























+ + + + + +





「月君、月君・・・・・・・・起きてください。もう夜ですよ」




終わることのない夜がやって来る。
永遠に終わらないクリスマスが。



















END