スポーツの秋

芸術の秋

読書の秋

そして・・・・・





「食欲の秋!!!!」

で、ある。

「そんな声高々に言わなくても・・・・・」

全くだ。





ちまっと秋の味覚





育ち盛りのお子様に欠かせないのが毎日のオヤツである。
それの有無でお子様のご機嫌は天と地ほどの差がつくのだから驚きだ。
色に対する執念はすさまじい。
ケーキのひとかけらでも奪おうものなら、泣きそうな顔でじっとこちらを見つめつづけてくるのだからたまったものではない。
文句ばかり言われるのもウザったいが、何も言わずに後ろをついてこられるのも相当ウザい。
こちらが移動すれば、何も言わずテケテケとどこまでもついてくる。
それをたしなめようものなら、口を思い切りへの字型にまげて『う゛ー』とか『む゛ー』とか言いやがる、もう訳がわからない。
ぷよぷよした頬を左右に引っつかんで伸ばすと、そりゃもう餅のように伸びる。
それでも諦めないのだから・・・・・心の底から呆れる、本当に。
コドモの欲とはかくもみみっちいものなのか・・・・・・・。


「悪かったですね、みみっちくて」

「分かればいいんだ、分かれば」


お決まりの所定位置・・・・ふかふかなソファに足組して座った月は手にした雑誌をパラパラと捲っている。
特に関心もなさそうなその様子はワガママな子供をあしらう母そのものだ・・・・・・と松田氏は語る。
本人に言うと広辞苑で殴打されるので、心のうちに留めておくばかりなのだが・・・・この事特に関係ないので何処かに放っておこう。



「所詮みみっちい子供の欲ですので、是非それを満たして欲しいのですが」

「スナオに今日のオヤツを下さいと言えないのか、この口は」


びろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
と、頬を抓る。
うん。
今日もよく伸びる。


「いはい・・・・・いはいれふ・・・・・・」

「大体お前好み五月蝿すぎ。結局食べるくせにアレ嫌だコレ嫌だ・・・・・仕方なく好みに合うように僕直々に作ってやってるんだ」

「おいしいですよ、例外なく」


伸びきって赤くなった頬をさすりながら、竜崎は黒目がちの瞳で月を見つめた。



「しかし・・・如何せん手間のかかる作業は疲れる」


「ですね」


「理解してるならやらせるな」


「だって美味しいんですもん」



いい大人が『もん』とか言うな。
・・・・・現在なぜか姿だけは子供だが。
やや拗ねぎみで頬を膨らませた姿は360度どこから見ても子供だが。





「働かざる者喰うべからず・・・・そんなにオヤツが欲しければ手伝え」





こうして本日、月のお料理教室が開講した。





















「・・・・・・・あの・・・・・・・・・ワタリさん?」


「ハイなんでしょうか、松田様」


「物陰から一体何を・・・・・・?」


「いえ、あまりにも微笑ましい光景でしたので直に記録に収めねばと思いまして」


物陰からハンディカムカメラ片手にキッチンへと視線を送った老紳士は、仕込んだマイクから音を拾うべくイヤホンを手にとった。


「よろしければ松田様もどうぞ」

「は、ハイ・・・・・」


NOといえない日本人、松田氏はなにやら他にもゴソゴソ用意をし始めたワタリを見てみないふりをしながら息を潜めた。
ワタリの用意したキッチン内のカメラから送られてくる映像は、小さな液晶画面に送られてくる。


「・・・・・なんか犯罪者の気分」


今更すぎるセリフを吐き、松田はディスプレイに目を向けた。
















「それで今日は何を作るんですか?月君の作るお菓子は何でも美味しいのでべつに何でもいいんですけど」


「う〜ん・・・プリンにでもするか。あ、秋だしかぼちゃプリンにしよう」


「いいですねぇ・・・プリン」


月とおそろいの青いチェックのエプロンを身につけた竜崎は、既に出来上がったプリンを頭の中で想像して幸せモードで悦っていた。
見た目可愛らしい子供なのに、中身がこれだから大変なのだ。


「しっかり手伝えよ」

「分かってます、今日のオヤツがかかってますから!」


妙に気合を入れつつ、握った拳を振りかざす竜崎。
・・・・キラ捜査にもそれくらい本気でかかれよ。
が、流し台で手を洗おうとしても背が足りない。


「うっ・・・・・」


いくら一生懸命背伸びしてみても届かないのだから仕方ない。
両手を伸ばしてよじ登るが、ずりずり落ちる。

・・・・・・・ちなみに影でワタリはその(姿は)可愛らしい様を一秒も逃すことなくカメラに収めている。


「月君・・・・・・」


「ハイハイ、全く・・・・」


渋々・・・といった風に月は竜崎を抱き上げる。
勢い良く水をはねとばして手を洗い終えた竜崎に布巾を手渡すと、月は材料と道具をキッチンテーブルに乗せた。
前もって用意しておいた料理メモを片手に材料を計測していく。


カボチャ350g位、卵2個。
牛乳250CC,バニラエッセンス少々、お砂糖70g、(カラメルソース用)水大さじ2、砂糖100g、熱湯大さじ3

まず最初に計測し、牛乳と卵は冷蔵庫に戻す。
この二つはできるだけ使う寸前に出した方がいいだろう。


「月君、私は何を手伝ったらいいんでしょうか・・・」


「そうだな・・・まずかぼちゃを切るか」


サッと包丁を取り出し、月はまな板にのせたかぼちゃを見やった。
綺麗なオレンジ色のかぼちゃの皮は堅いので切るのも大変なのだ。
面倒だから竜崎にやらせよう・・・・と思い、もう一本包丁を取り出す。


「あの・・・・・」

「なんだ?」

「刺さないで下さいね」

「・・・・・本気で刺してやろうか」


夜神月、包丁の似合う大学生。
暗闇で包丁片手にニコリと笑って見せれば死神も裸足で逃げ出すほどだ。


「まずかぼちゃを真ん中で二等分するんだ」

「ふむふむ・・・・」

小さな手に包丁を握り締め、かぼちゃに包丁の刃を入れる・・・・・が綺麗に刃が入らない。
ちょっと手がプルプルしている。
その間月は鍋に入れた水を加熱している。


「二等分にしたら適当な大きさに均一に切って、中の繊維と種を取り出して・・・」

「ちょ・・・っと待ってください」

「遅い!スパっといけ、スパッと!!!」

月は包丁を引っつかむとまな板の上のかぼちゃに包丁の刃を立てた。
スパッと、とは言ったが実際グサッ!!!!といった感じに。







「うわ、怖っ!!!!!!」

「骨を絶つ勢いですね」


ジー・・・とカメラ片手に冷静解説。
カメラ越しに竜崎と月を見守る二人。

かぼちゃを真っ二つにした月は竜崎に包丁を手渡す。


「最初に二等分する時以外はそんなに力入れなくてもいいから、後は普通に切っても平気だぞ」


要点を的確に纏めた月の説明は非常にわかりやすいのだが、最初の一撃が怖すぎた。
竜崎は文句も言わずに黙々とかぼちゃを切っていく。
切り終えたかぼちゃを鍋に入れて煮る。
煮る時間はというと、鍋の大きさによって多少時間が変ってくるため適当な時間に竹串などでさして確認する。


「これで刺すんですか?」

「ああ。抵抗なく刺さったらざるにあげても平気だ」

「・・・・・・・」

「?どうしたんだ?」


「私に刺さないで下さいね」

「しつこい!」



竹串で頚椎を一突き。
昔の恐怖漫画にありがちなシーンだが、実際に人が殺せます。
わー、怖ーーーい。


竜崎の言葉にイラついて、背後からは微妙に怒りのオーラが染み出していた。
それが更に竜崎の恐怖を煽ったことに本人は気付いていない。
たかが竹串、されど竹串。
包丁も怖いが、竹串も怖い。
そんな事を竜崎が考えている間にも、かぼちゃはほくほくにゆであがる。
まだ蒸気が立ち上るかぼちゃは濃い黄色で、そのままでも十分おいしそうだ。

「ほら、包丁でかぼちゃの皮剥いで」

「・・・・・・・」


脳内がホラー漫画モードな竜崎は『包丁』で『剥ぐ』と言う単語に反応して黙り込んだが、調理を始めてから手伝いらしいことは何もしていない。
いそいそと包丁を片手に皮を剥ぐ。


「熱っ・・・・ぃです」


「熱いうちにやらないとこの後が大変なんだ。さっさとやれ」


喋りながらも月の手は動く。
実だけになったかぼちゃをボウルにつぎつぎと入れていく様が妙に絵になる月であった。
となりで台に乗った竜崎がせこせこと作業を続けていくのを見、月はこし機とへらを手にとった。


「僕はかぼちゃをこしてるから、なるべく早めに皮を剥いておいてくれ。冷たくなるとこの作業に手間がかかるから分担だ」

ボウルに移されたかぼちゃをこし機に乗せ、へらでこす。
結構力が要るので、今は子供の姿の竜崎には難しいだろうとの配慮の結果だ。


「大丈夫です。包丁を入れてこう・・・・がぽっ・・・・とやると早く剥けますし」

「じゃあなるべく早く剥いて、それが終わったら別のボウルに卵と砂糖と牛乳入れておいてくれ」

「了解です」


その微笑ましい図はは後にワタリの手によって編集され『母と子〜はじめてのおりょうり〜』とタイトルをつけられてコレクションのひとつに加えられた。
竜崎が裏ごししてペースト状になったかぼちゃをつまみ食いしている所も、逃さず録画。
頬についたかぼちゃを目ざとく見つけた月は、ほっぺびろーん、の刑に処し多大なる時間をかけてタネを完成させた。
それを他の材料が入ったボウルに溶かすように混ぜ、溶かすように混ぜをくりかえす。
バニラエッセンスを少々加えると、キッチンに甘い香りが広がった。
さて、後は容器に入れて焼くだけである。



















「・・・・・・・一人でやった方が早かった気がするな」


アヒル模様の可愛らしい耐熱容器に入ったプリンが机の上にちょこんと鎮座しましている。
ソファで待機している竜崎はと言えば、正座でじーーーーーっと月を見ている。
その視線からは早く食べたいオーラがこれでもかとにじみだし、極めつけに竜崎の腹の虫がくぅ・・・と小さくなった。


「食べてもいいからそんな目で見るなよ・・・・・」


「では、いただきます」


月は先ほどの自分の言葉を脳内で反芻した。
そう、一人でやった方が絶対に早かった。
蒸し焼きにするために天板に張った水の量が多すぎて、オーブンが水浸しになったのも竜崎のせい。
片付けるのは月。
出来上がったプリンを食すのは主に竜崎。
キッチンに山積した問題を解決するのは月であるが、プリンに夢中な竜崎はずいぶんと視界が狭くなっているらしい。
物凄い勢いで容器を空にしている。
どうやら冷蔵庫で冷やす時間蛇の生殺し状態で、どっかのネジが外れたらしい。
冷蔵庫の前に体育座りで時計と睨めっこしていたくらいだし。
・・・・その間にもカラメルソースを作る月から味見をせがんでいたのだが。



「うん、この滑らかな舌ざわり・・・・・さすが月君ですね!」


「いいお婿さんになれそうですね」


いつの間にやら竜崎の隣でプリンを食している松田氏。
スプーン片手に随分と嬉しそうだ。


「・・・・・・・松田さん、いつからそこに?」


「え?わりと前からいましたけど。あ、ごちそうになってます!」


「・・・・もういいです、どうでも」








第一回月のお料理教室 完







「ところでワタリさんはどこへ行ったんだ?」


「はやくしないと月君お手製プリンなくなっちゃうんですけどね」


「それはお前がバクバク食べるからだろうが」


「成長期なんです!!」





「ハァ・・・・・」


「?どうかしたんですか、松田さん」


「あ、いえ・・・・・」


まさかあんた等の隠し撮りテープの編集中だよ・・・・とは言えない松田氏でありましたとさ。