冷たい手を離さないようにと、強く握り締めた。強く握り返す手はほんの数秒後に離れた。
繋ぎ直される事は二度と無い、これが永遠の別れなのだから。




「終りにしよう」

言った瞬間、奈南川は酷く醒めきった目で俺を見た。
オイオイ、もう少し悲しそうな顔してみせろよ、なんて冗談でも言えなかった。
そんな雰囲気じゃなかった。自分から別れを告げたのに、まるで捨てられたのは俺のようだった。


「分かった」


奈南川はそう言って気だるそうな体を起こして、散らばった服を拾った。
なんの未練もないのだろうか、この男は。俺は出来ることならこの関係をもう少し続けていたかった。
だが、この男は自分の未来には必要無い。寧ろ邪魔だった。深く自分に関わった、関わりすぎた。
‥‥‥例え自分から近付いたからと言って、危険なことに変わりはない。どうせお互い遊びみたいなものだった。
そう割りきっていた筈だ。
だから傍に置いたのに。
いつしか自分の方が捕らわれていた、それに気付いたのはたった今だったのだが。
奈南川の表情には何の感情の色もなく、人形のようにただ整っていた。
肩に垂らされた黒髪があちこちに跳ねていた。
いつもなら、とくに意味も無く弄り回すその髪がそのままになっていた。
なぜか見るにたえなくなって、無言のまま部屋を出た。
こんな時でさえ奈南川は何も言わない。
もうこれで最後だと知っているくせに、別れの挨拶も無かった。
奈南川は服を着て、髪をゴムで括って、何事も無かったかのように静かに部屋を出た。

それが、とても腹立たしかった。
奈南川が去った後、一人部屋に残った俺の心は憎しみでいっぱいになった。


カバンからノートを一冊とりだした。
それから机に置いてあったボールペンを取って、ノートを広げた。
乱暴にボールペンのキャップを外して、力を入れてノートに押し付けた。

しかし、その後俺の右手はぴくりともう動かなかった。

殺せない。

腕が小刻みに震え出す。
そんなはずはない。
ためらう理由なんて無いはずだ。
なのになぜこの腕は動かない!?



「・・・・っくそ・・・・・・・・!!!!!」



悪態も確かな形を持たず、やりきれない思いがいつまでも残った。
最悪だ、何もかも。


後から気付いたって遅い、それでも後悔せずにはいられなかった。