「怖いのか?」
短い問い。
「ああ、怖いさ」
泣きそうな顔で笑う。
でも、怖いと言ったその口は笑みの形を作っていた。
『死ぬのが怖いか?』
ああ、怖いさ。
窓から見た景色は陳腐な言葉で賛辞するに値しない、ただ何時も通りに色とりどりのネオンが光る人工の星々が輝いているだけだった。
綺麗だけれど、作り物なのだと思うとどうも醒める。
人並みに情感をもって見ていたはずの景色は一瞬にして色あせた。
高層ビルから眺めるけしきは雄大でちっぽけだ。
「どうした?」
「・・・・・別に」
奈南川は窓越しの夜景から視線を上げると、長い廊下を歩いてくる火口を一瞥した。
「綺麗だな」
言いながら火口はポケットから煙草を取り出し、鈍い銀色のライターで火をつけた。
小さなオレンジの光が灯り、細い煙が立ち昇る。
「本当にそう思ってるか?」
「さあ?」
肩をすくめて、声を出さずに笑う火口の手を奈南川が掴んだ。
ほんの一瞬だけ瞠目した奈南川を見て、奈南川の表情が少しだけ緩む。
「ウソツキ」
くだらない。
後悔しても遅いが、奈南川は自分の言葉の幼稚さに自分であきれ返った。
特に意味のある会話ではなかったのに、固執してしまうのは目の前の男がふざけた立ち振る舞いをしたからか。
「この間の事言ってるのか?」
「・・・・・別に」
先ほどと同じ答えを返し、掴んだ腕を放した。
火口は右手に持っていた煙草を床に落とし、靴の底で小さな炎を消した。
ジュゥ、とほんの僅かな音を耳にしてあの時も同じようにしていたな・・・と冷え切った頭で考えていた。
つい数日前に、火口に自分から話し掛けるまではロクに会話もしなかったのに妙なものだ。
会話と言っても短い問いの一つだけだったが、それをきっかけに火口が奈南川に話し掛ける事が増えた。
干渉、というほどではない。
腹の中に黒い物を抱えている物同士、深く関わることは禁忌であるかのように思えたが交わす言葉の内容はたいしたものではない。
「そっちこそウソツキだ。気になってるくせに」
「・・・・・・」
そのまま踵を返し、さっさと帰ってしまえばよかったのだ。
火口と言葉を交わすようになってから、何度も奈南川の頭をよぎった何度も思った。
けれど何故だか縫いとめられたように、奈南川はその場から動けない。
「さっき言ったのは・・・・・・」
ホントウ
口の形だけで伝えて、火口は奈南川の髪を一房手に取って口付けた。
「綺麗だな」
火口のスーツからは、仄かに煙草の香りがした。
怖いか?
ああ、怖いさ。
死ぬのは確かに怖いが、こんなに綺麗なやつがキラだったら死ぬのも悪くはないんじゃないかと思っただけで。