白い花を見ると、形や大きさに関わらずアイツを思い出す。
イメージ的には百合が一番似合うと、勝手に思い込んでいるのだが白い花なら何でも似合う気がする。
長くて綺麗な黒髪に白い花が似合うから、ある日気まぐれに花を贈った。
一番最初に贈ったのは姫小百合。
基本的には薄いピンク色なのだが、わざわざ白い百合を探させた。
面倒ではあったが、苦ではないのが妙な所だ。
初めて会った時に『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』なんて、妙に古臭い褒め言葉が似合う奴だと思ったのが始まりだった。
あとあと花言葉なんぞを調べてみればなかなか似合いの花で、以来百合を贈りつづけている。
花束に、真っ白なカードを添えて。
送り主の名前も、メッセージも何もないカード。
当然といえば当然だが、返事を貰ったことなんてただの一度もなかった。
ただ、花を贈った次の日に会うと必ずアイツは形のいい眉を歪めて何か言いたそうにこちらを見る。
言いたいことがあるなら言えばいい。
でも、アイツはただそれだけのことが出来ない人間だった。
+ + + + + + + + + + + +
「なんでお前が此処にいる」
「さぁ、なんでだろうな?」
会うなり投げかけられた質問は、当然といえば当然だった。
自室に招き入れた覚えのない客がいるのだ、対応としては優しすぎるともいえる。
「どうやって入った?」
「世の中の大抵のことは金に物を言わせれば何でも叶うさ」
「・・・・・・・・」
奈南川は勝手に部屋に入るだけでなく、腰を落ち着けて酒を煽る火口を見て小さくため息をついた。
封の切られたワインと、グラスが二つ。
片方には赤の液体が満たされ、小さな花をつけた植物が添えられている。
「今日の分」
何が、とは言わず火口は奈南川にグラスを差し出した。
わずかに花が液体の中で揺らぎ、花が一つグラスの底に沈んだ。
奈南川はそれを受け取り、口元までそれを運ぶ。
火口は口の端を吊り上げて、小さく笑っている。
カ シャン
グラスはゆっくりと、床へ落ち薄いガラスは音を立てて割れた。
絨毯にじわり、じわりと侵食する赤と散らばる花弁を踏みつけ奈南川は不敵に笑った。
「まだ死んでやる気はないよ」
「知ってたのか」
「Lily of the valley か、水溶性の猛毒だぞ」
「そろそろレパートリーが尽きてきたからな」
火口は萎れた鈴蘭を拾い上げ、空のグラスへと移した。
「でもちゃんと百合科だぜ」
「・・・・・・・・男が花なんか貰って喜ぶと思うか?」
「じゃあアレ、なんだろうな」
「あれは・・・・・・っ」
火口が指差した先にあるのは、青の花瓶に活けられた大輪の百合。
居心地悪そうに視線を彷徨わせる奈南川が、妙に可愛らしくて火口は声を立てて笑った。
「五月蝿い・・・・」
「ハイハイ、ちゃんと分かってるさ」
だから、今此処にいるというのに。
頭の回転の速い人間に限って、意外と鈍いというのは本当らしい。
「分かってない・・・・・」
「何が?」
意地悪く聞き返すと、一瞬だけ泣きそうな顔をするものだから、火口はそのまま黙り込む。
「花なんかいらないから」
手を伸ばせば届く距離で、火口は笑っている。
「さっさと会いに来い、莫迦」
「仰せのとおりに、お姫様」
抱き寄せた体からは、百合の甘い香りがした。
僅かに赤く染まる顔を肩口にうずめて隠そうとする様は、とてもじゃないが花に例えようもない。
「莫迦」
ああ、莫迦だよ。
もちろんアンタに対してだけな。
これは後で知ったこと。
百合の似合うお姫様は、ご丁寧に最初に送った姫小百合をわざわざ押し花にして大事に取っておいたらしい。
全く、本当に可愛らしいったらないね。