夜もふけて、そろそろ空が白み始める頃ようやくホテルへ着いた。
肉体的というよりは、むしろ精神的な披露が歩みを遅くさせる。
ゆっくりと洗練された仕草で礼をするドアマンの横を通り過ぎ、カツカツと靴を鳴らしながらフロントへと近づいた。
「奈南川様」
初老のホテルマンが奈南川を呼び止める。
動きを止めた奈南川へ、ホテルマンは微笑みながら真っ白な花束を手渡した。
「奈南川様がお帰りになられたらお渡しするようにと・・・・・」
「ああ・・・・・ありがとう」
形ばかりの礼を言い、奈南川は足早に自分の部屋へと戻る。
誰から、とは言われなくても送り主は分かっている。
大輪の花を咲かせるカサブランカの花束に添えられたカードには何もかかれていなかった。
「顔に似合わず気障なことをする・・・・・」
エレベーターの中でひとり、呟く。
ほぼ同時に、ベルが短く鳴り無駄に広いエレベーターは停止した。
「莫迦」
豪奢な作りの部屋の部屋のテーブルの上に花束を乱暴に放り出すと、奈南川はベッドの上へ力なく倒れこんだ。
着たままのスーツが皺になるとか、結んだままの髪に変な癖がつくとか、自分にとってはどうでも言いことばかり言ってくる相手はいない。
テーブルから零れた、細い茎には不似合いなほど大きな花弁が床に散っている。
部屋は既にカサブランカ特有の芳醇な香りで満たされていた。
その香りに酔いながら、奈南川はゆっくりと目蓋を閉じた。
わざわざこんな事をする暇があるなら、自分が会いにくればいい。
その方が絶対的に合理的なのに。
思っても、言わないから毎日毎日花が届く。
種類は違えど、いつも届くのはユリの花。
一度理由を聞いてみた、そうしたらさも当然と言わんばかりにアイツは言った。
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。ユリはいつだって綺麗な物の例えだろう?』
その時は驚きを通り越して少しばかり呆れた。
けれどそれ以来、ユリを見ると無性にアイツに会いたくなるようになった。
莫迦。
花なんかいらないから、さっさと会いに来い。
・・・・・・言えていれば花の贈り物も止むのだろうか。
To esu