それは嫌悪でも嫉妬でもなく、まして憎しみでもなく。
一度切れたはずの縁におこがましくもすがりつき、未だに死神は幼い子供の元を離れない。
確かな執着心が本能のままに体を動かし、まるで子供を守るかにように離れない。
身を切るような冬の寒さも、深い闇も自分にはさして関係のないことだったが回りの人間にとってはそうでない。
制服の上に羽織ったコートを掻き合わせて、白い息を吐きながら楽しげに談笑する学生達は足早に家路を辿る。
欠けた月が天に昇り、黒く濁った都会の空を薄ぼんやりと照らした。
少し前にライトと見た空は、今よりももっと綺麗だった。
ただ純粋に、そう思った。
傍らでソファに寝転がっているライトは背中を丸めて猫のように眠っている。
寒いのだろうか、時折寝返りを打っては身を震わせている。
それでも自分にできることなどありはしない。
窓から漏れる月明かりが部屋に差し込んで、薄暗い部屋はとても静かだ。
『月の裏側、見たことあるか?』
『ないな』
『肉眼で見える月はとても綺麗だけど、見えない月の裏側は傷ついていてとても貧相だ』
『そうなのか?』
『ああ、僕も写真でしかみたことないけどな』
月の裏側を見てみたいと思った。
あの日話した他愛もない会話の一つは、鮮明に記憶に残っている。
傷ついた月の裏側。
見てみたいと思った。
言葉のイメージだけでなく、なぜかそれはライトに似ている気がした。
見てみたいと思った。
手を伸ばしても触れられない。
話し掛けても聞こえない、答えない。
月の裏側は闇に消えてしまって、今は綺麗な月の表側が覗いている。
見たいと思った。
もう一度、あの冷たい月の裏側を見たいと、そう思った。