窓の外から微かに吹く風が真っ白なカーテンを揺らす。
真っ暗な室内に月の光が差し込んで乱雑した部屋を照らした。
脱ぎ捨てられた服、ぎっしりと文字が書き込まれた紙が閉じ込まれたファイルが点々と落ちている。
カサ、と紙が乾いた音を立てて捲れる。
その音に竜崎が起きてしまうのではないかと気になって、隣で眠る竜崎に視線をやった。
紙のように白い顔は月明かりに照らされて余計に白くみえた。
陶器製の人形のように綺麗な顔立ち、人形のように冷たいのかと思って触れてみた手は温かかった。
触れても起きる気配はまるでない、閉じられた瞼にかかる前髪をゆっくりと撫でて僕はベッドから抜け出した。
質が良いためか、安っぽいスプリングの音はせず少し揺れるだけ。
しわだらけになったシャツを羽織って、足元に散らばる紙束を拾った。
キラ
自分ではない、自分を捕まえるためにそばにいる竜崎。
父が、その同僚が、血眼になって捜し求める殺人鬼。
あれからどのくらいの時が経ったのだろう?
手に入れた一冊のノート、自分の望み。
あれから一体何人の人を殺したのだろう?
汚れきった世界を清浄化するために綴った人の名の数。
殺せば殺すほど、キラを捕まえるために世界中が策を弄する。
楽しくもあったその様は、いつしか自分を苛立たせる材料にしかならないことに気付く。
そんなくだらない思いに追い討ちをかけるように、竜崎は言うのだ。
「キラは必ず私が捕まえます、何に変えても」
真っ黒な瞳に強い光が灯る。
それは正義感とか道徳観念、世間のためでなく何か他の執着にも見えた。
半ば口癖のように、焦る父達をなだめるかのように言うその言葉は何故だかとても勘に障る。
捕まえられるものならしてみればいい、そう思って嘲っていたのが嘘のように今は全てが怖かった。
何に変えても
その言葉が怖かった。
今、竜崎は自分の傍にいるけれどいつでも途方も無く遠い所にいるような気がしてならない。
安っぽい言葉をかけて、成り行き任せに抱き合って居るくせに竜崎の探る様な視線が離れない。
キラを捕まえるために、わずかな可能性すら逃さない。
少なくとも正体を疑われているのだから、どんなやり方でも自分を試して来るだろう。
そんな事は百も承知の事で、なんとも思っていなかったハズだった。
ベッドの上で眠り続けている竜崎に、僕は心の底から安堵した。
きっと、今何か言葉をかけられたら自分は正気を保てない。
脱ぎ捨てられた昼の残骸を、月が照らす。
淡い月を、窓越しに見つめていると気分が少しだけ安らいだ。
ドロドロに溶かされた金属がやがて時間を経て冷たく冷え固まって行くようだった。
もうどうしようもなかった。
竜崎が求めているのはキラであって、夜神月ではない。
キラの疑いが100%晴れたとしたら、きっと竜崎は自分を捨てる。
眉一つ動かさず、無表情のまま切り捨てる。
キラに関する事柄以外、竜崎はもう反応しなくなっていた。
追って、追って、その存在の強さに惹かれすぎて麻痺してしまったのだろう。
もう止めようもない。
全てが、この思いも、行いも全て止めことは出来なかった。
どうしたら良いかなんて分かるはずも無く、行く先を教えてくれる者もいない。
孤独だった。
寂しくて、それとなく言葉に出してみた。
「寂しいな」
言えば竜崎は手で触れて何か優しい言葉をくれたけど、どんな言葉だったかすら覚えていない。
なにか短い言葉だったような気がする、でもその言葉の温度の無さに愕然として余計に寂しくなった。
自分の傍には誰も居ない。
囁いて、無駄に囁いて。
止めないないでいて欲しかった。
疑う事も、せめて今のままで居続ける事も。
温度の無い日々、もう耐えられなくて、でも今すぐにでも言葉が欲しくて僕は床に座り込んだまま竜崎を呼んだ。
「竜崎」
返事は無い。
規則的な寝息。
ゆっくりと上下する体。
「竜崎」
答えない、それでもいい。
僕は呼び続ける。
きつく握った指が肉を裂く。
頬を伝う生暖かい感触。
僕は泣いていた。
「・・・・・・・・・・・・エル」
行き場をなくした腕が宙を掻いた。
お前がキラを求め続けるのなら、夜神月を捨ててでも傍にあり続けよう。
どうなってもいい、傍にいられるなら。
白い狂気は加速していく。