出しっぱなしのパソコンも、飲みかけのカップもそのままに。
主の居ないその空間は静かに朝を迎えた。
永遠に、もう掴むことの出来ない腕は最後まで一人で居ることを望んだ。
ああ、そうだ。
お前は最後まで誰も信じなかった。
お前は最後まで何も信じなかった。
お前は最後まで俺を信じなかった。
最後まで、一人きりだった。
冷たい壁無理矢理背中を押し付ける。
聊か乱暴なその行為にも奈南川は特に抵抗もせず、成すがままになっている。
心無く、ここにあるだけで本当に最後までそれだけの存在だった。
火口は片腕で奈南川の動きを遮って、空いた手は肌蹴かかっている奈南川のシャツへと滑り込ませた。
奈南川は軽く身体をよじったが、それは拒絶ではない。
分かっていたので無視して鎖骨に噛み付いた。
ビクリと背筋を揺らすそんな反応すら楽しくて、何度も同じ個所に噛み付くと奈南川が小さく呻き声をあげた。
「嫌か?」
屈んだまま、顔だけを上げると奈南川は呆けたようにこちらを見ていた。
呆れただろうか。
今まで散々自分勝手な行動をしておいて、こんな聞き方をするのはずるいと思うだろうか。
見開かれた目からは、何の感情も読み取れない。
否、最初からそんな物は存在しないのか。
「ぁ・・・・・・」
奈南川の咽が掠れた音を発した。
答えを望んでいた訳ではない。
ただ聞きたかっただけだ。
一方的に奪い、貪った存在を好ける筈もなく、有るのはただ熱だけなのだから。
意味らしい意味もなく、無言の探りあいが続いて今まできたのだ。
得たのは一時の快楽と、じわじわと侵食していく途方もない虚無勘だった。
後悔した。
なぜ欲しがったのだろう、と。
永遠に手にしていることは不可能と分かっていながらも、ほんの僅かな時間を共有していたいと哀れな思いを抱いたのはいつだったか。
凛として立つ姿を、少しでも長く留めておくことができたならと一方的な感情を押し付けたのは自分だ。
しかし奈南川は怒る事も、蔑むことも、哀れむこともしなかった。
ただ受け止めているだけ。
それは火口にとっては都合のいいことであるはずだった。
しかし、何も言わない奈南川の目は物言いた気に火口を見つめた。
ほんの一瞬のことで、勘違いと割り切ってしまえばそれで終わりだった。
『好きだ』
唐突に、口をついて出た言葉の真意は火口にも分からなかった。
ただ無駄に気を引いて引っ掻き回してやりたかったのか、それとも心の奥底に沈んでいた本心だったのかは誰にも分からない。
どちらにせよ、帰ってくる答えなど無い。
最初から望んでなんかいなかったんだ。
一度だけ口にした囁きは最初から存在しなかったかのようにあっけなく消えた。
言葉を紡ごうと半ば開きかかった唇を乱暴に塞いで、身体に引っかかっていた服を乱暴に破いた。
すべてを無かったことにするかのように、火口は奈南川を掻き抱いた。
それから幾日かが過ぎ、相変わらず胸に虚無感を抱えたまま朝を迎えた。
同じ数だけ夜を過ごし、また朝は来る。
ある日、奈南川が死んだ。
なぜか苦しくなった。
胸に抱えた虚無さえ失い、本当にからっぽになってしまった。
全てが空っぽになって、そしてようやく理解した。
ああ、そうだ。
俺は最後まで誰も信じなかった。
俺は最後まで何も信じなかった。
俺は最後までお前を信じなかった。
俺もお前も、最後の最後まで一人きりだった。
望めば手にいれられたのかもしれない。
しかし気付いた頃には全てが終わり、何も残らなかった。
なにも のこらなかった