自分より一回り以上も小さな存在。
それは束の間の夢でしかないのだろうけど、その存在に僕は心から安堵した。
「月君」
呼ぶ声は高い。
子供特有のソプラノは、年に似合わず大人びた雰囲気の子供の口から紡がれる。
それが妙に不似合いで、どこがとは言えないけれど違和感を感じた。
身体より大きめのシャツの裾を引き摺り、竜崎は手首のカフスボタンを小さな手で指差した。
僕は小さくため息をついて、わざとらしく肩をすくめた。
「ボタンくらい自分でとめろ」
「とめられないから頼んでるんです」
長い袖をパタパタと上下に動かすと、柔らかい黒髪も一緒にふわふわと揺れた。
「頼んだ?僕は頼まれた覚えは無いけどな」
竜崎と同じ目線まで屈んで、あちこちに跳ねる髪を捕まえた。
ピンと引っ張ると、竜崎が小さくうめいて両手で頭を押さえた。
「月君、痛いですってば」
竜崎は両手で僕の手を押し返そうとしたけれど、大人と子供の力の差には叶わない。
「痛いようにしてるんだから当たり前」
言ってから、僕は少しだけ腕の力を緩めた。
元々大した力は入れていないが、今の竜崎には十分だった。
所詮子供の体だ。
首に手をかけて、ほんの少し力をいれればたやすく折れる。
そんな陰鬱な考えが頭を掠め、気がつけば無意識に細い首に伸ばしかけていた。
竜崎は気付いていない。
「・・・・仕方ないからやってやるよ」
「ん・・・ありがとうございます」
腕を差し出して、眠そうに目を擦る竜崎を一瞥する。
何も無かったように、僕は一つ一つゆっくりとボタンをかけていった。
自分と対等でない竜崎。
物足りないと思う反面、このままでいてくれればいいとも思う。
心のどこかで、ずっとこのままであればいいと願う。
それが例え己を偽ることになろうとも、傍にいられるのなら世界を裏切ったっていい。
「・・・・・愚かだな」
呟きは誰の耳にも届くことなく、世界で一番の裏切り者は冷ややかに笑った。