足元の影が、伸びていく。
背に光。
影が、見える。
それだけの出来事にひどく安堵した。
周りに纏わりつく生暖かい闇が無い。
目を閉じているのか、開いているのかすら分からない。
そんな世界には居たくなかった。
でも、それが僕の日常。
吹き抜ける風を肩で切りながら、見慣れた公園を通り過ぎた。
母子の明るいお喋りと、鴉の鳴き声が耳をつく。
「からすがなくから、かーえろー」
甲高い子供特有のソプラノ。
それに呼応したように鴉が鳴き、濡れた黒の翼を広げてオレンジ色の空に飛び立つ。
柔らかな母の声で家路につく子供達。
風にそよぐ木々と、消え入りそうな蝉の声。
夏の終わり。
寂しくなるくらい優しい風景。
もう見ていたくない。
柔らかな空のグラデーションも、楽しそうに遊ぶ子供達も。
急いで電車に駆け込む会社員、下らない話題で盛り上がる女子高生も。
もう、あんな風に笑ったり怒ったり泣いたりなんてできない。
自分のすぐ隣には底無しの穴、ゆっくりと、少しずつ落ちていく。
理性、感情、想い、意思。
全て投げ出して、消えてしまいたかった。
でも、逃げ場が無くて、どうしようもなくて、そんな時に差し伸べられた手をどうして払いのけられる?
同情でも憐憫でも、気まぐれだって構わなかった。
優しく無くていい、言葉が欲しかった。
そんな時に言葉をくれる存在を、好きにならないはずがない。
一度どん底まで突き落として、拾い上げた存在は神にも等しくその存在は絶対だった。
アスファルトの臭いを感じながら蹲って、両手で耳を塞ぐ。
目を閉じて、心の底で助けを求めた。
たすけて
たすけて
たすけて
自分で求めなければ、あの手は此処にないのだ。
目の奥に熱いものを感じて、ひくつく咽から声が漏れないように唇を強く結んだ。
ジーンズのポケットから携帯電話を取り出して震える指でボタンを押した。
Ru、RuRu
『はい』
「・・・・・・・・・・・」
今、喋ったらきっと全てを吐き出してしまう。
精一杯の意地で、言葉を出さないようにするのが精一杯で。
たすけて
『・・・・その場を動かないように』
蝉の声が、止んで夕暮れの公園に冷たい風が吹いた。
呆れただろうか、失望しただろうか。
こんなにも弱々しい自分。
本当は一秒だって一人では居たくない、ずっと傍に居て欲しかった。
通話のきれた携帯電話から、ツーツー、と機械的な音が流れていた。
全てを捨てたつもりでも、涙だけは最後まで残った。
からすがなくからかーえろー