いつだって自分に無いものばかりが欲しかった。
空気のように透明で、常にあるべきはずのものが無い。
空虚で、退屈で、気が狂いそうだった。
変化の無い日常は鋭利なナイフよりも殺傷能力があるのだと知る。


真っ黒なコーヒーをティースプーンで掻き混ぜながら、ゆっくりとミルクを垂らす。








ぐるぐる







ぐるぐる







回る、回る、回る。








角砂糖をボチャリと落として、また掻き混ぜる。
それを何度か繰り返し、手元の資料を穴があくほど見つめた。






≪夜神 月≫







「・・・・・・・・ヤガミ ライト」




「竜崎?呼んだか?」






人形のような無機質な美しさではない、生身のそれは望めばすぐ手の触れられる位置にある。
それでも、遠い。
大地と空に浮かぶ月のように、交わらずにお互いを見つめるだけ。






「・・・・・・・・・いえ、なんでもありません」






禁忌を犯してでも、触れたいのだと意識の中枢が信号を発する。
でも、この腕を伸ばすことはできない。
したい、でもできない。



腹の底に溜まる、ブラックコーヒーよりも苦くてどす黒い感情。
ココロが渇く。
止まらない欲求。







「変なヤツ」







そう言って笑う貴方の目はちっとも笑っていない。

剃刀色の冷たい目。







「そうですね」






自分の目も、笑っていないことは自覚している。
少し戸惑った表情で、言葉を飲み込む。
お互い様。








「そうだよ」








ほら、笑っているのは口元だけ。

貴方からは死の香りがする。