触れた手は、予想に反してとても温かかった。
青白く、骨の浮いた手を軽く握ればやんわりと握り返してくる。
解こうと思えば簡単に解けたけれど、もう少しこのままでいたくて、ぼーっとしたまま窓の景色をみつめた。
縮れた雲が風に乗ってゆっくりと流れていく。
それは無音の空間で、ただ流れていく時間にも似て何の意味もないそれはこの狭い世界には不要のものであるとすら思える。
ならせめて・・・・と目を閉じる。
穏やかな眠りは、すぐそこだ。








           ゆ

                 め 


                    を

                         み          
                               た









夢の中の僕も、同じようにソファに座り空を眺めていた。
時折思い出したように傍らに置いてある本を手に取り、頁を捲っては閉じる。


「竜崎」


夢の中の僕は、竜崎の名前を呼んでから大きなため息をついた。


「なにか?」


「・・・・・・」


短く返事をした竜崎に向かって、夢の中の僕は目もあわせずに持っていた本を投げつけた。
バサッ・・・・と紙の音が床でするのを確かめると竜崎は僕の隣に腰掛けて、オフホワイトのクッションを抱き込む。


「そんなに嫌がること無いじゃないですか」


「嫌なものは嫌なんだ。どうして用も無いのに出かけなきゃならないんだ」


「用はありますよ。だからデートしましょうって言ってるんです」


相変わらず表情の変化に乏しい竜崎は、何時もと同じ声の調子でそういった。
僕は肩を落とし、顔を片手で覆いもう一度、今度はわざとらしくため息を吐く。
それを見た竜崎は少し眉をひそめたが、僕の言葉を待つようにじっと待っていた。


「なんでそんなことしなきゃならないんだ・・・・・・」


「いいじゃないですか。私は月くんが好きで、月くんも私を好きなんですから」


臆面もなく言い放った竜崎は、ゆったりとした動きでソファから立ち上がり床に落ちた本を拾い上げた。


「・・・・っ、その相手に向かって軟禁するヤツの言うセリフとは思えないけどな!」


「月くんが応じてくれないのでお部屋デートで我慢してるだけです」


だんだんと口調が激しくなってきた僕に対して、竜崎は相変わらずだ。
それが余計に僕の気に触ったのだろう。


「五月蝿い、馬鹿!!デートデート連呼するな、男同士で!!!」


「好き合ってるのに男同士もクソもないでしょう。これくらいで恥ずかしがる仲でもあるまいし」


・・・・・・・そうなのか?


「イくところまでイってるのに今更そんな・・・・」


「五月蝿い、この変態!!!!!!」


夢の中の僕は、竜崎に向かってクッションをいくつも投げつけるが、竜崎は難なくそれらを全て避けた。
『あたればいいのに』思ったところで、竜崎が転倒した。

一瞬何が起こったのか分からず、転倒した竜崎に降ってくるクッションに注目していたが床をみるとブ厚い本が一冊落ちていた。
どうやら本をクッションに紛れさせて投げたらしい。
そして見事命中。
そのダメージは意外と強烈らしかった。


「ぅぐ・・・・・・・」


死にかけた蛙のようなうめき声をあげながら、竜崎が腹のあたりを押さえている。
夢の中の僕は腕を組んで竜崎の前に立つ。


「さっさとカギ出せ」


「だったらデートしてくださ・・っぐ!」


地に伏しながらも尚言い募る竜崎に、夢の中の僕は思い切り蹴りをいれた。
しかも先ほどかなり厚めの本がストレートにきまったあたりに、何の躊躇いもなく。
竜崎の言葉は最後まで出ることなく、短いうめきに変り断片的にそれが続いた。
床に顔をべったりとつけた竜崎に向かって高圧的な態度で、夢の中の僕は機械的に足を振り下ろしつづけた。


「ぐふぅ・・・・っ、、、あ、の・・・・そろそろ止め・・・、、、」


「黙れ。この超ド級変態性欲魔人め、いい加減仕事するポーズだけでもとらないと父さんの胃に穴があくっていってるんだよ、このボケ」


「あうっ・・・・・・」


ゲシ ゲシゲシゲシ



誰もが同情したくなるような光景と、うめきながらも少し幸せそうな顔の竜崎を見て僕は戦慄した。
そもそも夢の中とはいえ僕が竜崎とこんな会話をしているのも恐ろしい。
悪夢・・・・・・悪夢だ。



「うぅ・・・・・それでこそ月くん・・・・・」


こんな竜崎もカナリ嫌だが・・・・・・・。









「五月蝿い、変態」










・・・・・・・・・こんな自分も嫌だ。



























           ゆ

                 め 


                    を

                         み          
                               た









「ん・・・・・・・・ぅ」


うっすらと目を開けると、オレンジ色の夕陽が目を刺した。
まだ重たい目蓋を擦る。
壁にかかった時計をみると、随分と眠っていたようだ。


「オハヨウ御座います、月くん」


「え、あ・・・・・竜崎?」


「手」


「?」


眠る前、なんとなく触れて握ったては今も繋がれたままだ。
手首には鎖が掛けられ、腕を僅かに動かすと小さく鳴った。


「あ、ゴメン。コレじゃ起きれなかったよな・・・・・」


「いえ、気にしてませんけど」


「じゃあそろそろ戻るか・・・・」


「ええ」




なんだか妙な夢を見た気がする。
でもきっとただのユメだろう。
イヤ、是非夢であって欲しい・・・・・・。

内容は詳しく覚えていないのに、なぜか竜崎の顔をみると思い出さない方が良いような気がしてきた。










(まあ・・・・いいか)











たかが夢




されど夢





寝起きでロクに思考が働かない月は気付かない。
その手は今だ繋がれたままだということに。