黒崎さんは、ずるい。


アタシはこんなに黒崎さんの事が大好きなのに、黒崎さんはいっこうに答えてくれない。
いや、もうとっくに両思いのはずなのに肝心な言葉を聞いていないというのが正しい。
照れているというか、どちらかといえばムキになっているといった方が正しいか。
アタシは黒崎さんの口から「すきだ」と言わせたいから、一度言ってみてと頼んだのだけれど・・・返って来たのは蹴りだった。
避けたけど、ちょっと悲しかった。
軽い口調で言ったのがいけなかったのか、真っ赤になりながら怒られた。
その時は恥ずかしがってる黒崎さんも可愛いなあと思っていたのだけれど、それが十回を超えると本気で悲しくなって来た。
もしかしたら本当は好かれていないのかもしれない。嫌われているということは無いと思うのだが、本人の口からはっきりしたことを聞いていないのでそれは想像の域を出ない。
何がいけなかったのだろう。

アタシは黒崎さんに『貴方が好きです』と言って、彼はそれに『俺も』とそっけなくだが答えてくれた。
それはつまり告白に応じたということで、恋人同士になったということ。
恥ずかしがることなんて何にも無いのに、答えてくれないのは心が無いからなのか・・・と、さすがにそこまでは思わないけれど不安になって来た。
毎日毎日、アタシからは好きですって言っているのに黒崎さんは答えてくれない。

はて、一体どうしたものか。





「と、いう訳なので直接理由を聞きに来ました」

「・・・・・・はァ?」


うわ、そんなかわいそうなものを見るようなめで見ないで下さいよ。
お勉強中なのは分かったんですけど、居ても立ってもいられなかったものですから。
それにしても予習復習までしっかりやるとは、今時珍しいほど勤勉だなあ。感心、感心。

「イキナリ窓から入って来てワケ分からないこと抜かすな、アホ」

「黒崎さんてば酷いっ!!そういう言い方はないでしょう!?」

「あー、もう・・・とりあえずこっち来い」


黒崎さんが手招きしている、ということは部屋に入ってもいいのだろうか。
いつもはウチでしか会わないからなんか新鮮。
高校生男子にしてはずいぶんと綺麗な部屋、さっぱりとしてシンプルな感じ。
よく性格が表れている彼らしい部屋だ。

とりあえず下駄を脱ぎ窓の縁をヒョイと跨いで部屋に入る。


「で、何?」

思いっきりしかめっ面。
その割にあんまり怒っていないように感じた。
何で来たのかとは聞いてくるが、家族とか近所の人に見られるだろうが!とかそういった類の怒声は一つも飛んでこなかった。
あ、というかもう呆れの域なのだろうか。
もう怒ってもくれない?


「・・・・・・黒崎さん」

自然と声のトーンも低くなる。



「アタシのこと嫌いですか・・・?」



こんな事問いたくもなかったが、一度疑問に思ってしまったら答えを聞くまで安心できない。
そのことばかりが頭に住み着いてしまって四六時中そんなことばかり考えている。
この子はとても優しい子だから、それもあり得るのかも知れないと考えてしまった。

好きだ、と言って欲しかった。
自分ばかりがこんなに好きなのはずるい。
独り善がりみたいで寂しい、本当なら毎日毎日ぴったりとくっついて離れたくないのに。
いつも、奥深く踏み込めないでいる自分の弱さを何度呪ったことだろう。
軽い口調で誤魔化して、からかう事で本音を隠していたけれど、それも好きだからこそなのだ。
恋ごときでこんなにも臆病になるなんて知らなかった。
呆れるくらい無駄に人生を過ごしてきていたのだと今更分かって、それにも気落ちする。


・・・今更だけど答えを聞くのが怖くなってきた。


恐る恐る黒埼さんに視線をやった。
するとありえないくらい満面の笑みをこちらに向けた。



「浦原」


表情は笑っているのに、声はいつもより数トーン低い。
張り付いている、と形容するのが相応しいその表情は逆に怖かった。


「あの、黒崎さ・・」

全て言い切る前に、顔の真横を分厚い辞書が飛んできた。
バンッ、と大きな音を立てて壁にぶつかった辞書が床に落ちた。
これは、とても、・・・怒っている?
それが何故なのかはさっぱりだが、この状況はあまりよくないと本能が告げている。


「お前バッカじゃねえの!?何でそういう事になんだよ!!!突然現れて『嫌いですか?』だと!?ふざけんな馬鹿ッ!!!」


「え、ちょっと・・・・」


「うっさい、馬鹿!!」


ヒュウッ、と風を切ってまた辞書が飛んでくる。
間一髪の所で避けると黒崎さんがドカドカと床を踏み鳴らして目の前までやって来た。
自分は彼が激昂するほどのことを言っただろうか、ただ聞きたかっただけなのに。


「黒崎さんってば・・・」


「俺アンタに何かしたか!?」


「だから・・・アタシの話を・・・・」


「嫌いな訳ないだろ、この馬鹿ッ!!誰が好きでもない相手と付き合うかってんだ!!」



キスできるくらい近い距離で、息を呑む音が聞こえるぐらい近くで。



「俺はお前が好きだから付き合ってンの!!!伊達や酔狂だと思ってるんだったらそれは俺に対して失礼だ!!!」



好き、だと。



「オイ、聞いてんのかッ・・・・・」


「〜〜〜〜〜ッ、大好きです!!!!!」



頭の中でずっと聞きたかった言葉がエコーして、なんだかもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
初めて聞いた、こんなに嬉しいとは思ってもなかった。

抱きついて、骨が軋まんばかりに抱きしめて壊れたおもちゃみたいに『好き』を繰り返した。



「テメッ・・・浦原・・・ッ!」


「あー、もう愛してます!大好きです、好き好き好き好き好き好き好き」


「・・・・・・・・ワケわかんねえ」



分かんなくていいです、アタシももうなにがなんだかよく分かんないんで。
でも、とにかく幸せ。

毒気を抜かれたのか暫く大人しく抱きつかれてくれた黒崎さんもそれが10分続くと鋭い拳で応戦してきたけれど、もういいや。
ああ、なんだ。
ただの勘違いだったんじゃないか。
もう少し早く、もうちょっと真面目にしていたらもっと早く聞けたのに。
もったいない、とてつもなく勿体無い。
ちゃんと好きでいてくれた、こんな言葉一つで幸せになれるアタシはおかしいんでしょうか。

それでもいいか。
幸せだから。












「意味不明・・・・・・」




無意識に人をここまで振り回す、アナタって本当にずるい人だ。
でも、大好き。