誰かに守られるほど弱くはなく、誰かを守ってやれるほど強くはなく。
ただ、思うままに。
それは理屈ではなくて。


「お前は、何がしたいんだ」


自分で吐き出した言葉に毎度毎度うんざりする。
必死に押さえたつもりの怒りは、意思に反してその色強く含んだ。
強く握った斬月が、かすかに震えるほど張り詰めた空気が肌に痛い。

青すぎる空が、なぜだか灰色に見える。
昼間の蒼が、死覇装束の黒に染まる。
それも、ゆっくりと空気に触れ、霧散して、一瞬自分の姿が消えてしまったかのような錯覚を覚える。
一瞬息を詰めて瞠目すれば、その奇妙な感覚は既に消えている。
けれど、目の前にはまるで鏡のように自分の対をなす姿があった。
纏う色は真逆、それは鏡であって鏡でない。
己であって、己でない。


『何を今更言ってやがる、馬鹿かお前は』


自分と同じ姿、違う表情、似た声音。
それは嘲笑して、空を仰いだ。


『何度言わせれば分かる。お前をあっちに渡す気なんてネェんだよ、お前はずっと此処にいればいい』


だから、手を取れとその目が言っている。
言葉を、返せないのは言葉の真意を測りかねているからか。
しかし考える暇さえ与える気は無いのか、鏡は続ける。


『お前は強くない、だが弱くもない。今までどうにかやってこれたのはお前の言うところの仲間と、斬月があったからだ』


鏡の向こうの自分は、自分に向かって手を伸ばす。
スゥ、と溶けるように握り締めていた残月が消える。


『此処には仲間もいない、斬月もない』


いっそ饒舌に、けれど何の感情も見えない声音はただ流れ、消える。


『此処には守るべきものもない、倒すべき敵もいない。此処は、お前の感情を揺るがすものが何もない』


風が、黒と、白の、死覇装束を揺らす。
コマ送りのようにゆっくりで、流れ行く年月のように早い。


『此処は、お前のための場所だ』


守るべきものもない、倒すべき敵もない。
関わる全てのものは自分自身。

ただ一人。
ただ二人。
自分という自分。
鏡という自分。
影という自分。

ただ、自分だけのために与えられた場所。
ただ、自分だけの場所。

此処には苦しみがない。
此処には悲しみがない。
此処には痛みがない。


選べ、と。
これは幾度目の夢か、それはきっとまるで現実のような。


「俺は」


現実のような夢か。
夢のような現実か。
どちらだとしても、この言葉は自分の意志であるということに変わりはない。


「俺は、幸せになりたい」


自分だけが自分であるという事。
自分だけが自分の先を選ぶという事。


此処には喜びがない。
此処には幸福がない。
此処には孤独しかない。

不幸でないということは、幸福であるということと同意ではない。
この閉じきった空間を、拒む。
そう、はっきりと告げる。


これは幾度目の現実か、それはきっと夢のような。
何度、繰り返せば終わるのか。


『俺は、あきらめないぜ』


何度、繰り返せば終わるのか。



海底から浮かび上がるような、エレベーターが止まる直前のような。
気付けば、青い空は消えていた。