それはまるで触れてはいけないものに衝動的に触れてしまった時のような。
「あ」
短く、間の抜けた声が上がった。
はた、と。目を合わせる。
自分でも驚いたような、というか驚いているのだろう。
目を丸くして、じっとこちらを見ている。
そしてこちらもじっと相手を見ている。
その間に会話は無い、ほんの一分にも満たないその間は長いのか短いのかよく分からない。
一護は浦原の頬に手を当てたまま固まっていた。
「うっ・・・」
「う?」
なにか言葉になりきらない言葉がまた一護の口から漏れ出したので、浦原がこれまた短く尋ねると一護はぐっと息を詰まらせてから大声で叫んだ。
「うわああああっーーーー!!!!!」
至近距離でそんな声を上げられてはたまったものではない。
それにこんな声をご近所さんに聞かれたのでは、井戸端会議のネタになることは火を見るよりも明らかだった。
草々に一護の口を手で塞いで、バタバタを暴れまわる手足を封じた。
擦り切れた畳の上で一護は尚抵抗する。
「なんだかよく分かんないスけど、静かにしてくれないとご近所迷惑ですから。ね、黒崎サンってば・・・・」
「モガ・・・っ・・・う・・・・」
「ハイ?」
ンー、ンー!と一護が顎で腕を指した。
ああ、そういえば手で口塞いだままだったと今更なことに気がついて浦原は手を離した。
とたんにゼエゼエを激しく息をつく一護の顔は真っ赤に染まっている。
「どうしたんスか−、突然叫んで」
扇子をパチン、と閉じて浦原は一護に尋ねた。
答えを待ちながら、閉じられた障子を見る。
あれだけの一護の叫び声にも好奇心旺盛な従業員二名が駆けつけてくる様子はない。
出かけたか、それともテッサイが止めたのか。
とりあえず邪魔が入らないのはいい。
浦原は一護に見えないようにクスリと笑った。
「な、なんでもない」
なんでもないようには、見えない。
顔が赤いのは酸素が回らなかっただけではないこと位、浦原は分かっている。
とはいえ、少々驚き混じり。
そう、彼と同じく今ごろになって分かった。
スローモーションのように、ほんの一瞬がとても長く感じられてその時間差に戸惑った。
しかし頬にはわずかに残る他人の体温。
一護の手の温かさ。
あんなに近くまできていたのに、手が触れるまで全然気付かなかった。
自分もまだまだだなとか、そんなことよりもまず先に嬉しかったのだから仕方ない。
「・・・・っ、帰る!」
わずかに笑っていたのが分かってしまったのか、気恥ずかしかったのか、一護は慌てて立ち上がった。
浦原の記憶が確かなら、一護から触れてくれたのは初めてだった。
意識しなかったけれど、いつも自分ばかりが求めていたからそのことがとても嬉しくて頬の筋肉が自然と緩む。
戸を開こうと手をかけた一護を後ろから抱きしめて、浦原は一護の耳元で囁いた。
「ね、もっと触って?」
ビクン、と一護の体が大きく跳ねた。
手に触れると、ためらいがちに手を握ってくる。
温かい温度が触れる。
「う・・・・浦原・・・・」
「もっと求めて・・・・」
腰を掴んで向き直らせると、一護は耳まで赤く染まった顔を俯かせて頭を揺らした。
浦原ぐいと顎をつかんで無理矢理口付けた。
乱暴だったが、一護はそれを受け入れた。
「んっ・・・・」
歯列をなぞりながら入ってくる舌が、一護を蹂躪した。
ぐちゅぐちゅとわざと大きな音を立てて、それが一護の羞恥を煽ると知りながら浦原は意地悪く口付けた。
だんだんと自分の体の力が抜けて行くのを感じながら、一護は閉じていた目を薄っすらと開いた。
色素の薄い、鳶色の瞳が目が合った。
カッと熱が上がって、一護はつよく目をつぶった。
浦原の服の裾を強く握り、浦原の与える行為を甘受していた。
「ふあっ・・・・ぅ・・・」
「口、もっと開いて」
いっそう深くなる口付けに、体の力が一気に抜けて腰がガクンと下がる。
浦原はそれを支えて、一護の体をゆっくりと畳に横たえた。
その間もキスの雨は止まない。
浦原の無骨な手が一護の太腿をさわさわと撫ぜる。
「ぅ・・・・やめっ・・・・うらはら・・・・っ」
「何で?好きでしょ、焦らされるの」
「いやだっ・・・!」
縋るような目で、見つめられればそれが余計に浦原の加虐心を煽るとも知らずに一護は目の縁を真っ赤に染めて抵抗する。
「だって・・・ここだと背中痛いだろ・・・」
「ああ、それは気付きませんで」
絶対嘘だ・・・。
一護が心の中で悪態を吐いても、この男の飄々として掴み所のない性質は絶対に変わることはないのだろう。
「でもね、黒崎さん」
「・・・・・・・何」
一護の両手首を縛め、畳に縫い付ける姿勢を変えずに浦原は含みのある口調で一護に問い掛ける。
「今ココでやめちゃって本当にいいンですか?」
その言葉に一護がうっ、と咽を詰まらせる。
言葉で拒んでしまうのはもう無意識の域。
まだこの行為に慣れない子供は、気恥ずかしくて素直に浦原の与える喜悦に反応できない。
いやだと言っても、もう体自体はすっかり反応しきっていてここで止められてしまうのはきっと辛いだろう。
だから遠回しに『ここでするのは嫌だ』と言ったのに、浦原は意地悪くそれを攻め立てる。
してほしい、と一護の口から言わせたいのだ。
「・・・・っ、ずるい・・・・・!」
「全く、可愛くないことばっかり言ってる口は塞いじゃいますよ〜」
ぐい、と顎を掴んで喰らうように口付ける。
けれどそれ以上は進んでくれなくて、一護はむずがゆい感覚に見をよじらせた。
それを見て、浦原は咽を鳴らして笑った。
普段ストイックな人間が情欲に溺れた時ほど扇情的だということを、この子供は知らないだろう。
今自分がどんな顔をしているか、分かってはいないだろう。
それに言葉で拒みながらも体を開いていく様子の方がよっぽど卑猥だ。
意図的でない動作一つ一つにこんなにも惹かれるのは、一護があまりにも真っ直ぐだから。
「はぅ・・・んっ・・・ああぁ・・・・・」
キスだけでこんなに蕩けた表情をする一護が愛しくてたまらない。
晒された首筋に噛み付いて、強く吸い上げると赤い鬱血が残る。
もうお互いに理性が無くなりかけているのか、切羽詰っているのか、二人はどちらとなく視線を合わせた。
「・・・・じゃあ妥協しましょうか」
「・・・・・?」
浦原の言葉に疑問符を浮かべ何かと問い返そうとした時、一護は浦原にひょいと抱き上げられていた。
一護に自分の体をまたがせるように、浦原は自分と一護の位置を反転させた。
あまりに突発的な出来事に一護の頭が行為についていけないのをいいことに、浦原は一護のジーンズを一気に引きおろし、自分も服を脱いだ。
まだ呆けている一護にニヤリと笑いかけて、浦原は言った。
「『欲しい』って言えるまでずっとヤってあげる」
一方的に。
「なあっ・・・!!」
「ちなみに『やめて』とか言ったら逆のコトしますんで」
悪魔・・・。
青ざめながらそう呟いた一護に、最早抵抗する術など残ってはいなかった。
「明日の朝どころか昼までお付き合いしてあげマスよん」
今は夕方、それもようやく日が沈み始めた頃だ。
軽い言葉とは反対に、その目はマジだった・・・と後に一護は語る。
自分に伸びてくる手を払いのけられなかったのは、もう何を言っても無駄だと悟ったからか。
そして、一護が浦原から開放されたのは翌日。
お日様が天高く上りきった頃だったという。
END