その日、雨が降った。






どんよりと厚い雲が空を覆い尽くして、今にも雨が降りそうだと思った正にその時だった。
ポツリポツリと細くアスファルトを打ち始めて、気付けば大粒の雨がとどめなく降り注いでいた。
強く香る雨の匂いと纏わりつく湿気が町中に満ちる。


「ああ、降ってきちゃいましたね」


「・・・見りゃわかるよ」


雨が降ると一護の機嫌は一気に下降する。
あからさまに下がった声のトーンと深く刻まれた眉間の皺を見れば、本人が言わなくたって分かる。
理由は知らないが、一護は雨が嫌いなようだった。
浦原は扇子を広げておやおや、と様子を見ながらそっと一護の様子をうかがう。
元気が無いというのとは少し違う。
確かに元気はないが、まるで痛みに耐えている時のような表情をうかべ、心ここにあらずと言った様子。



「くーろーさーきーさーん?」


「・・・・・・・」


雨の音が、響いてる。

多分雨も、その音も好きではないだろうに音を聞き、じっと空を見つめてただじっとしている。
呼んでも答えないのは多分意識してやっていることだ、どんな人間にしろ人と向き合うときには真摯な彼だから今は相当余裕が無いのだろう。
放って置かれるのも、なんだか気に食わない。
縁側に座って、雨にばかり目をとられて横にいる自分は無視。
そのことに苛立ったのは、確か。

「黒崎さんってば」

呼んでも答えないだろうなぁとは思ったけれど、もしも次に何の反応も起こさないならこちらにだって考えがある。
案の定何の反応も返さない一護の腕を、浦原は力任せに引き寄せた。


「ぅわっ!!!!何しやがんだテメェ!!!」


ようやくこちらを向いた一護に、浦原はうれしそうに笑った。
自分の腕の中に捉えて、放さない。
こんなにも無防備なのは嬉しくもあり、腹立たしくもある。
誰にでもこんなふうにするのかと思うと、呆れながらも怒りがふつふつと湧いてくる。
こんな顔をみるのは自分だけでいいと、思う。
けれど、こうやって抱きしめることなんて滅多にないからここは素直に喜んでおいた方がいいのだろうか。


「黒崎さんがアタシを無視するからデショー?」


「知るか!!!いいから放せ!」


じたばたともがけばもがくほど、放したくなくなるのにそこの所を分かっていない。
もがく一護の腕を片手で捕らえて体を両足で固定する。


「っ、放せ変態オヤジ!!!」


「確かに年はくってますけどね・・・でも変態オヤジはないでしょ」


「そういうこと言うならさっさと手ぇどけやがれ」


「ええぇ〜?そんなことしたら黒崎さん逃げるでしょう?」


言えばそっぽを向いて随分とわかりやすい反応を返す一護が面白くて仕方ない。


「いいからっ・・・!」


頭に血が上ってきているのか、顔が少しばかり赤らんでいる。
思い切り凄まれているのに、浦原はそれも可愛いと思ってしまう。
本人に知れたらよけいに怒るだろうけれど、必至なところがいいのだから仕方が無い。こうやって、しているときの方がよっぽどいい。大人しい彼は彼らしくないから。


「いいじゃないですか〜、別に誰もいやしませんって」


「そういう問題じゃねえっつの!」


だんだんと大きくなっていく声に、もういいかと浦原は手を離した。
それでも一護は不機嫌そうな色をのせた薄茶色の目で浦原をねめつけている。
距離をとって、手負いの小動物のようだ。なんて勿論言わないけれど。
やっと調子がもどってきたようで、浦原の口元には自然と笑みが浮かぶ。


「・・・・なんだよ、薄気味悪い」


ボソリ、と漏らす一護はまた一歩浦原から距離を取る。
じりじりと少しずつ離れるが、それを埋めるように浦原もにじりよってくる。


「別に〜?」


空の灰色はもうすこし続くだろうけれど。
雨の音はまだ耳に残るだろうけれど。


まだ、雨は止まないだろうけれど。


雨なんかにとられるのは、不快だから。
雨の日はこうしてそばにいて、なんでもない話をしていればいい。
自分に目を向けさせて、天気なんてどうでもいいと思えるようになればいい。
冷たい風がヒュゥ、と鳴いて庭の木々を揺らした。
雲の流れが速い、もう少しで晴れるだろうか。


「ねえ、黒崎さん」

「・・・・・・んだよ」



そっけない返事、けど今はまだそれでいい。
雨なんかに奪わせてやるものか、この稀有な存在を自分以外の誰かに奪わせるものか。
まだ、自分のものですらないほんの子供だけれど。

けれど。



風に乗って甘い香が運ばれてくる。
台所、もう気付けばそんな時間。
一護もフッと顔を上げて、目に見えないそれを追った。


「お、今日はなんでしょうかねぇ〜?」

「・・・ってオイ、なんだよ!」

「さァ〜て、行きましょう黒崎さん。ウルルとジン太に全部食べられちゃいますよ〜」



いいかけた言葉を途中で切って、いそいそと立ち上がる。
ひょうひょうと、思わせぶりに。



「なんだよもうっ・・・・」


気にしていろ、意識しろ。
そうやって、徐々に徐々に落ちていけ。


まだ雨が嫌なら、晴らしてあげるから。
だから決して、離れないように。