ふとした時に会いたいなァと思っても、イロイロ面倒なものでそう簡単には会えないものだ。
一護の家の門限は7時だし、ああ見えて真面目な彼はそれをきっちり守っているから。
引き止めたいけれど、いい大人なんだからとつまらない見栄が邪魔をする。
それでもわざわざ学校帰りに寄ってくれて、門限に間に合う時間ギリギリまでいてくれるのだからと必死に自分をなだめた。
時間になったら『また明日』と、笑いながら手なんか振ってみたりして。
そうすると照れながらも返事をしてくれるからたまらない。
最近はテッサイ達も気を利かせて出払ってくれたりして、二人で要る時間は増えたけれどその程度じゃ我慢できない。
黒崎一護という存在に対してのみ、自分は何処までも貪欲だ。










だから、他の誰かにどう言われようと構わない。
貪欲に、何処までも追いかける。



「コンバンワ」


冷たい風にひらいたままの教科書がパラパラと捲れた。
握っていたシャーペンがコン、と音を立てて床に落ちる。


「な、ッ・・・!!!」


突然の訪問に驚きの色に染まった目で一護は浦原を見た。
窓枠にひょいと腰掛けて羽織を風に遊ばせている浦原は楽し気な笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振った。


「お前ッ、!何で・・・・」


「あ、大声出すとご家族に気付かれちゃいますから・・・ね?」


しぃ、と口元に人差し指を当てて一護からドアに視線を移した。
おそらく下の妹達はとっくに寝ている時間、不審な音でもたてて起こしてしまっては申し訳ない。
慌てて口を塞いだ一護は不満と疑問を浦原に目で訴えた。
一護は音を立てないように窓際まで来ると作業衣のあわせを掴んでガクガクと揺さぶった。


「アハハハハ、痛いですってば・・・・」


「テメェ、こんな夜更けに何の用だよ・・・ルキアも寝てるし、虚じゃねえだろ!!」


「ま、そうなんスけどォ〜」


最近の若者みたいに語尾をのばして言う浦原に、一護は眉間の皺を更に深くした。
まだ乾いた笑いを続けている浦原を揺さぶるのを止めるかわりに服を力いっぱい引っ張る。
ぎゅうぎゅうと首が絞まり、浦原の声がどんどんすぼまっていく。


「く、黒崎さん・・・苦しいンですけど・・・・」


「絞殺されたくなかったらさっさと用件を言え、お前と違って学生はイロイロと忙しいんだ」


「分かりましたよ・・・」


浦原が了承するのを聞いてから一護は浦原の服からパッと手を離す。
反動でつんのめってもよさそうなものだが、浦原は下駄で窓枠に中腰でかけているというのにほとんど動かない。
浦原はやれやれと息をつきながらあわせを治すと一護に手を伸ばした。



「お散歩、しません?」


ハァ、

一護が返す前に浦原はひらりと身を翻して2階から道路に降り立った。
両腕に一護を抱えて。



「ってオイ!!!!!」


「ちょっとばかし大人しくしててくださいね、ご近所さんの迷惑になりますから」


もっともらしい正論ではあるが、どこかちがうのではないか。
れっきとした高校生男子の一護を軽々と抱えて走る浦原は鼻歌交じりに随分とご機嫌な様子である。
イロイロ言いたいことはあるのだが、浦原が一護が何か言う前に人様の屋根の上を疾走しはじめたのでそれもできなくなった。
風を切る音が耳に届いてどんどん流れていく町の景色からも分かるが、人並みはずれたスピードで駆けていることは間違いない。
今何か言った所で本人に届く訳も無いし、何か返されても聞き取れないだろう。

だいたい、いつもマイペースな浦原がこんな風になにかたくらんでる時に自分一人で止められたためしがない。
何するつもりなんだろう・・・がっくりと項垂れながら一護はそんなことを思った。








+ + + + + + +









一護にとっては夜の公園は見慣れたもので、さして珍しいものでもなかった。
けれど今日はよく晴れた夜で、普段来る時は虚退治とかそんな用の時だけだったので一面の星空はとても新鮮だった。
思わず感嘆のため息を漏らすが、すぐに重苦しい雰囲気が戻ってくる。

ここが浦原の膝の上でなかったら、もう少しは機嫌も良かったものを。


「あれ、気に入りません?」


それはどれに対する言葉なのか。


「お前なァ・・・・・」


「たまにはウチ以外でデートってのもいいじゃないですか」


「人をイキナリ攫っといてなにがデートだ、馬鹿」



浦原に後ろから抱きしめられているので殴れないので、軽く肘鉄を喰らわせた。
子供の背の丈ほどある草むらが真後ろにあるので倒れこまない程度の力で押したのだが、一護の予想に反して浦原が後ろに倒れこんだ。
倒れこんだ、というよりは引き込まれた・・・に近くて一護の腰に回されていた手がぐいと強い力でひっぱった。
浦原の膝の上に無理矢理座らされていたので、一護も一緒に倒れこんだ。


「ぅわっ・・・・!!」


浦原に支えられていたせいで衝撃は全く無かったが、そのかわりキスできるくらい近い距離に浦原の顔があって一護は赤面した。
慌てて退こうとしたが、浦原の手がそれを阻んだ。




「黒崎さんはアタシが嫌い?」



真剣な目でそう言うものだから、一護は一瞬息を止めた。





「嫌いなわけないだろ・・・ちゃんと、好きだよ」



そんな言葉がすんなりと口をついて出て、一護は自分でも驚いたようにキョトンとした。
本当のことだけど、いつもならちょっとどもったり、前に余計な言葉を置いたりするのだが今日はそれがなかった。
みるみるうちに浦原の表情が嬉しそうな顔にかわっていって、抱きしめる腕に力が篭る。



「アタシも、大好き」


触れるだけのキスをして、一護に何度も『ダイスキ』と囁いた。
肌を滑る口付けとその言葉にくすぐったそうに目を瞑った一護のスキをついて、浦原が自分と一護の体を入れ替えた。
一護が逃げないように両手首を封じて、今度は噛み付くようなキス。



「ふ・・っ・・・・ぁ・・・・」


浦原は何の抵抗も無く、ただされるがままになっている一護をいとおしそうに見つめた。
風が髪を撫ぜて、濃密な空気を攫っていく。


まだ冷たい空気の中で、触れ合った肌は熱いくらいだった。