春を感じるのはふとした瞬間。
学校が選りに木蓮が咲いているのをみた時、甘やかな芳香がただよう。
ああ、春なんだなと思うのはそんな時。
桜よりも早い春。

アイツの家の庭先にも咲いていた木蓮が、とても記憶に鮮烈だった。
日の当る縁側。

木蓮の、香り。







「あー、眠みぃ・・・・・・」

やわらかな日差しが差し込む縁側はとてもあたたかい。
一度寝転がってしまえばおきあがるのは困難だ。

「風邪をひくぞ、一護」

「へーき」

あたたかな日差しにまどろみながら、半分以上は夢心地で一護は答えた。
日の匂い、かすかな花の匂い。
とても心地がいい。


「馬鹿者、せめて部屋で寝ろ」

軽い前足を一護の腕に乗せ、夜一はヒョイと背中に飛び乗った。
しなやかな体躯の美しい黒猫は子供をいたわるように、しかしぶっきらぼうにいってのけた。


「夜一さん・・・・それじゃ起きらんねー・・・・」


少し掠れた声から、このままあと一分も放っておいたら寝入ってしまうと分かる。
その気持ちも分からなくはないが、まだ本格的な春には未だ早い。
天気予報での桜の開花予報だってようやく知らされるようになり、まだ二週間以上もあるのに。
そんな季節の変化が激しい時期に縁側で昼寝なぞして風邪などひくのは馬鹿らしい、と夜一は言う。

「退けば起きるか?」

「・・・起きたくない」

一護は夜一を振り落とさないように、少しだけ身じろぎしてむずがった。
まだ完璧に幼さの抜けきらない寝顔を見、夜一は小さく笑った。
眠たいとこうまで変わるか、小さな子供のようで微笑ましいではないか。
まさか口には出せないが、そう思わずにはいられない。


「そうか」

「・・・・ちょっとだけだから、寝かして・・・・」


語尾は消え入るように、寝息にかき消されていった。


「一護」


名前を呼んでも、もう答えない。
すっかり夢の中に浸りきっているようだ。
触れる体温も上がって、寝る体制は万全だったようだからさぞ気持ちよかろう。


「ハァ・・・仕方ない」


起こそうと思えば、それは簡単なことだったけれど、あえてそれをしなかったのは自分も隣でこうしていたかったからだ。
吐き出したため息の割に表情は柔らかで、とても優しかった。
背中にぴったりと身を寄せて、そっと目を閉じた。


「小一時間程だけじゃぞ」


それ以上は意外と嫉妬深い親友が許さないだろうから。
木蓮香る庭先、花を愛でつつ昼寝を楽しむとしよう。