どこを見れども同じ風景ばかりが目に映り、いい加減飽き飽きしてくる。
もう小一時間程歩き回っているにも関わらず、誰にも出会わない・・・・・・なんというか。



迷子になったようである。






いくら外見が十台半ばを過ぎたころと言っても、実際はその何倍も生きている。
が、しかし。

・・・・この年になっても迷子。



「冗談じゃねえっての・・・・」



行けども行けどもたどり着くのは白塗りの壁、行き止まりばかりだった。

十一番隊詰め所を出て早や数刻。
特にやる事もなくひまを持て余していたので、気分転換にとフラフラ外に出たのがまずかったかもしれない。
廷内どころかこちら全体の亡羊とした地形もロクに頭が入っていないのにもかかわらず、目的ももたずに・・・・・・とは浅はかとしか形容の仕様もない。
しかし、後から悔やむから後悔というのであって前に悔やめるのなら苦労はしない。


迷路のような地形を適当に歩いても、道を尋ねるべき人も居ないという最悪な状況下。
やちるや一角、弓親・・・十一番隊の連中にしれたら必要以上にからかわれるに決まっている。
その映像がありありと目に浮かんできて、早く帰らなければと思う。


黒衣の裾を翻して元来た道を戻る。
一つ前の分かれ道を逆に進み、暫くは直線。
何度かまた曲がり角があって、数度それを繰り返すと突然目の前に鮮やかな黒が躍った。


ひらり、ひらり。


舞い躍る地獄蝶が目の前を横切っていく。



「あ」


思わず声を上げると、そんなはずはないのだが蝶は一護に気付いたように周りをくるくると飛び回った。
死神は居ないので、何かの伝令の帰りなのだろうか。
一護がスッ、と右手を差し出すと地獄蝶がそっと指にとまった。
ゆっくりと羽を上下させて、数秒そうして止まっていると蝶は一護の指から離れた。

どうせなら、いっそ蝶の跡を辿ってみようか。


指令があったのなら何処か人の居る場所へ飛んでいくだろうし、とりあえず一人で右往左往しているよりはマシだ。
明確な時間を確かめる術はないが、太陽は傾いてきている。
ふわり、風に舞う蝶の後を追った。







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ゆっくりと歩む、そのペースで15分程度だろうか。
自分が延々と、誰一人として遭遇せず迷ってきた時間の何十分の一。

その時間で、なんともあっさり人と遭遇した。
と、いうか。


ぶつかった。



地獄蝶の後を追いはじめて十五回程角を曲がった、その時だった。
音も、気配もなく、細く薄い影が地面に浮いたのに気付くこともなく。


「ぶっ!!!」

「うわぁっ、」



風を孕んだ白羽織が勢いよく顔に被さり、視界が塞がれた。
それとほぼ同時にぐらりと体が傾いだ。

誰かとぶつかったという事実を認識する前に、気付けばドスン・と大きな音を立てて地面に倒れこんでいた。
前方不注意、なんて小学生じゃ在るまいし。
ただ痛いとか相手に対して何か言ってやろうとか、そんなことを思ったところで一護はその相手を下敷きにしていることにはたと気付いた。
反射的に掴んだ相手の羽織をそのままにして、上に被さるように乗っているのは自分のほうだ。

ヤバイ、小さく心の中でそう呟いて彷徨わせた視線をゆっくりと上げていく。

よくよく考えれば、分かるはずだろう。
ソウル・ソサエティで、というか瀞霊廷内の敷地で白の羽織といったら決まっているではないか。



「イタタ・・・・って、君・・・・」



長い白銀色の髪が揺れて、風に靡いた。
儚げな風貌のその死神は顔を上げて、片手で頭を擦っている。



「アンタ、確か十三番隊の・・・・・」


浮竹十四郎。
一護が勢いよくぶつかり、しかも下敷きにした相手は見間違うはずもない。
十三番隊、隊長だった。





隊長、そう隊長。
確か現在隊長の位につく人物は数日前から度々会合と呼び出され、隊舎にもいないはずだ。
それがなぜ、自分と衝突していたりするのだろうか。


本当は、すぐさま退いて謝罪の言葉を言わなければならない状況で。
しかし、あまりにも予測しなかった出来事に頭がついていかない。
ロクに話もしたことがない人物ではあるが、隊長。
昔ならいざ知らず一護は今現在、進行形で死神だ。
しかも席官でもなんでもない、ヒラの死神。
更に言ってしまえば所属未定。
一応、相応の対応をしなければならないのに。
何分知らぬことばかりで、どうしようもない。

頭の中がぐるぐると思想でめぐり巡って軽くパニックに陥りかけている一護に気にした風もなく、浮竹は言った。



「黒崎君じゃないか!どうしたんだい、こんな所で」




それはこっちが聞きたい、とは言えず。


「え、あ・・・・」


「ああ、そういえば朽木が君が全く尋ねてこないと大層ご立腹だったぞ。一度くらいは顔を見せに来ないとそのうち十一番隊に殴りこみに行くかもしれないな、ハハハ」


「あ、の・・・・」



しどろもどろに言っても、何ら状況に変化はない。
浮竹は自分にのしかかったままの一護を気にせずにそのまま会話を進めている。
一護は肩膝を地面について軽く腰は浮いているものの、半身はそのままで正直肉体的というよりも精神的に辛いものがあった。
あぁ、だの、うー、だのとりあえずそんな呻き声を出すこと以外には何も出来ずすっかり止まった思考回路がそろそろ限界に近づいてきた。
今以上に無礼行為だといわれようが、このままではブン殴ってしまいかねないとなんとか理性で押し留めた感情はもうすこしで決壊しそうでもある。
誰かどうにかしてくれ、と他力本願なことをひたすら心の中で一護が叫びつづけていると以外にもあっさりとその救いの手は差し伸べられた。



「・・・・・・・何やってんの、君たち」


その男はひらひらと舞う地獄蝶に向かって手を伸ばし、呆れたというよりも純粋に驚いた顔で一護と浮竹の前に現れた。
笠を僅かに傾けて、じぃと様子を見てみるになんともまあ興味深いものが転がっているものだから。



「こんな所で何してるんだか・・・浮竹、一人でどこへ行ったかと思ったら・・・君の可愛い部下が喚きながら探し回ってたよ」


腰を折って同じ視線にまで屈むと八番隊隊長、京楽春水はため息をつきながら一護に視線をやった。
何か言われたわけでもないが、責められたような気分になって一護は慌てて浮竹から離れた。
『こんな所で何してるんだか』、それは自分にも当てはまるような気がして、なんだか申し訳なってくる。
もしかしなくても、彼らは例の会合の帰りなのだろうか。


「君こそ伊勢君はどうしたんだ、まだ一応会合の最中ということになっているだろう?」


「ああ、まあそのへんはテキトーにね、ごまかして・・・・まいてきちゃった」


「なんだ、同じじゃないか」


「そうだねぇ〜」


ハハハ、とまた能天気に笑う隊長二人。


まだ会合の最中?
ごまかして、まいてきた?






「・・・・・・頭痛くなってきた」



どうしてこう、隊長格は変わり者が多いのだろう。