散る血液は華のごとく、はらはら、はらはら。

虚空を舞って、地に堕散る。
血 ニ、オ  散ル。


皮膚を突き刺す美しい鋼を引き抜くと、飛沫のように血液が溢れ出した。
一体どうやったらこれだけ人の血という血を絞り出せるのだというほど、大量の。


せめて、人間らしく。

死ねたなら。

幸せ、だっただろうか。







血の海に浮かぶ残骸は、もう人ではないけれど。





咽が、カラカラに渇いて言葉が咽の奥に張り付いたまま出てこようとしない。
じっとりと汗ばむ手のひらを、震える手のひらを握り締めてゆっくりと息を吐いた。
目の奥が熱を持つ、不意に涙が出そうになった。
感情もなにも、あったものじゃない。
生理的に溢れ出す涙は、止め様もない。
それを拳を握ることで必死に堪えた。
なるべく、その光景を視界に入れないように。
けれど、目をそらそうとも、全くの無駄だった。
立ち竦み、動かない、動けない、周囲の、狭いその世界は血液と肉塊で埋め尽くされていた。
目を閉じても、臭いが、死臭がする。
まだ瑞々しいはずの死体から、腐臭がする。
血の臭いに混じって、どうしようもないほど、吐き気がするほど、酷い臭いが。



その中心に立つ、男が、言うのだ。
自分に向かって、優しい声で。

かえりましょう、と。


血に濡れててらてらと滑る手を差し伸べて、全身に血をかぶり、片手に愛刀を携え。
恐怖が身を竦めさせるよりも早く、その言葉に射ぬかれた。
どうしたいのだ、自分は。
正気じゃない、こんなのはおかしい。

まるで好んで人を殺すような、こんな死神が許されるはずがない。
毎夜行われる血の祭り、狡猾に、密やかに、秘め事。
けれど強制される沈黙は偽り。
皆知っている。
護廷十三隊には鬼がいる、赤い鬼が。
鬼は呼吸をするのと等しく、それが当然の権利であるように、人を殺す。
咎められず、罰せられず、生きた凶器、生きた狂気は紅姫を振るう。
存在そのものが、恐怖。
目が合っただけで、自分の死を感じるほどの恐怖。

それは衝動のごとく、それとも人としての本能か。
体が、竦む。




こんなの普通じゃない。
こんなこと、あっていいはずがない。

理由はどうあっても、人を殺すことを許容できるはずがない。
そんな人間が正気であるはずがない。
そんな人間は狂ってしまっている。
狂ってる、ヒトゴロシは皆。


細い月光が差し、生暖かい風の吹く夜。
隊長はは微笑みながら、言った。




「僕が怖い?」


壮絶なまでに、この場所は地獄だ。
鳥肌が立つ程、音頭の低い猫撫で声。
差し伸べる手は、血まみれ。
周りには死体、ブチまけられた内臓。
風で流れていく、におい。

呼吸の仕方さえ忘れ、息が詰まった。


「ぃっ・・・・ぁ・・・」


悲鳴になりきらない声がもれて、けれど隊長はそのまま続けた。
一歩、踏み出して血の海を渡る。


「それとも、憎いのかな。君はヒトゴロシが、大嫌いだからね」


ヒトゴロシ、人殺し。
このヒトは、自分がこの場所に来ることを知りながら。
このヒトは、自分が人殺しの現場に来るように仕向けておきながら。
怖いかと、問うのか。

何故、この場所に自分がいるかということを分かりきっているくせに。
もう、こうして何度繰り返したことだろう。
ずっと前から決められていたかのような既視感、まるで予定調和。



「・・・・・俺、は・・・」


ちゃんと声は出ているだろうか、ちゃんと喋れているだろうか。
一歩、一歩、近づいてくる存在はとても重たくて潰れてしまいそうだ。




憧れだった。
白い羽織を揺らして、悠然と歩く姿に惹かれた。

雲のように掴み所が無くて、いつも飄々としていて。
追っても追っても、あの背中には追いつけない。
憧れで、目標で、理想だった。
あの人の視界に入って、こっちを見て欲しかった。
それが叶うとどんどん欲が増していって、隣に立ちたいと思った。
そのためにどんな努力だってした。
ようやく得た副隊長の座、けれどまだはじめてあったころからちっとも近づけていない。

かち合う視線に、ひどく目眩がする。
全て見ながら、何も見ていないような彼の目に自分は映っているのだろうか。
ずっとそうあればいいと思っていた。
もしそうなったのなら、どれほど幸せだろうかと。

血の海に足を浸して、死体に囲まれ、それを踏みつけながら。
フラフラとまるでマヨヒガに誘われる蛾のように、吸い寄せられた。




「あなたが、すきなんだ」




涙でぐしゃぐしゃになった顔で、強張ったままの顔で、けれど言った。
白い羽織に縋りつく以外には何も考えられなかった。
嗚咽よりも先に出てくるのは懇願だった。




「すてないで」



どうして、どうして。
こんな事をするのか、こんな、酷い。
本当は、分かっていたんだ。
あなたが人を殺すのは、俺が人殺しが嫌いだからだ。
血を嫌うから、殺戮を憎むからだ。
何故『ソレ』を誘うのですかと、そんなことが問えるはずも無い。
何故、何故。
あなたは、あなたを好きな俺を嫌いなのですか。
やんわりと、真綿で首をしめるように、それは緩やかな死だ。
彼が誰かを殺すとき、その時に感じるのは一体どんな感情なのだろうか。
いっそ殺してくれたらいい。
自分には決して見せてくれない表情を見られるのならそれでもいい。







「人殺しでも、俺はあなたがすきなんです」




腕でも、足でも、胸でも、頭でも、なんでも捧げるから。
なんでもあげるから。
血液だって、臓物の全てでも、たとえ肉片だろうと、髪の毛一本残さず、捧げるから。

ずっと、俺だけを見て。