梅雨が明けて、カラカラと大地を照らす太陽が燦々と輝き始める。
庭に植えた山百合は見頃を迎え、真っ白な花が悠然と咲き誇った。
数年前から自ら育て始めた百合を鋏でパチンと切り取った。
中でも一番美しい花を一本だけ、携えて。
雲が流れていく、夏の空を見上げた。

それは終わりの日、そして始まりの日だった。
止まってしまった時を、今再び動かそう。

例えそれを君が望まなくとも、それがいかなる罪であろうとも。
君に会うためならば、神だって殺してやる。











カラン、カラン。

下駄を鳴らして石畳の長い道を一人で歩む。
初夏とはいえ、真昼の太陽はジリジリと道を照らしていた。
ゆらゆら揺れる陽炎に目がクラクラするが、歩む足取りは変わらない。
この暑さだというのに黒の羽織、浅黄色の作業服の裾を揺らして男は立ち止まった。

冷たい石ばかりが並ぶその場所に、ようやく訪れることが出来た。

一年、たった一年。
彼があちらへ逝ったと知って一年。
その大分前から会うこともしなくなったけれど、だんだんと『ひかり』が弱まっていっていたのは遠く離れても分かっていた。
自分にとっては瞬きに等しい時間は、あっという間に過ぎていった。
悩むには長すぎる時間だった。




「お久しぶりです」



百合の花を添えて、墓石の前にしゃがみこんだ。
そっと石に手を触れてゆっくりと撫ぜた。




「貴方に会うのは何十年ぶりでしょうね?」



どちらともなく、離れた時に見た顔が瞼裏に焼きついて今も離れずあの頃と変わらぬ姿を映した。
望んだ別れではなかった、けれどあのときは他にどうしようもなかった。
結局後悔ばかりで、今もまだ情けなくそんな思いをズルズルと引き摺っている自分はとても愚かだ。



「今更会いに来るな、って・・・怒りますかね」



帽子を目深にかぶって見えないが、男は自嘲ぎみに笑っていた。



「怒るって言うか、暴れちゃう?」



ケタケタと作り笑いを浮かべて、閉じたままの扇子で石畳の道を叩くと硬質な音が響いてすぐ消えた。




「でもね、アタシはずっと貴方に会いたかった。本当はずっと会いたかった」



小さく、弱く鳴き始めた蝉の声がやけに五月蝿い。







「貴方と、生きていきたかった」











愚かだと、分かっていても気持ちを改めることなんて出来なかった。
自分の姿はあの頃とちっとも変わらないのに、彼は冷たい石の下で眠っている。
叶わない願い、ずっとあのままでいたかったのだと。

あの時言えなかったことがこんなにも容易く口をついて出るのは、なぜだろうね?



「黒崎さん」



強請るように、縋るように、言葉を乗せた。










「ごめんなさい」











謝罪の言葉を吐き出した瞬間、男の背後の空間がグニャリと曲がった。
どす黒く渦を巻いて辺りを巻き込んでいる小さな歪みに、男は一歩踏み出した。
ゴォゴォとその周りだけに巻き起こる小さな竜巻は木々を揺らし、日を翳らせた。


ストン、と。
落ちるように男が歪みに吸い込まれると、一陣の風が舞った。
白い花弁が散って、空に舞い上がった。












どうか、どうか許してください。
未来永劫、貴方を自分という鎖に繋いでしまうという大罪をどうか許してください。
死して尚貴方を求めてしまう愚かしい生き物をどうか許してください。


貴方を愛しつづけるということを、どうか許してください。





今、会いに行きます。
止めていた時間を、動かすために。
貴方のいない世界から消え去るために、もう一度還ろう。

『死』に『神』など、恐るるに足らず。

貴方に拒絶される以外に恐れることなどあろうはずもない。
だから、あの時出来なかったことを、言えなかったことを。





フワリと舞い降りた世界に飛び込んできた色は、ずっと焦がれてきた太陽の色だった。
視線が、交錯する。



先に口を開いたのは、どちらだったか。