色彩が、空に溢れ出てくるりくるりと躍った。

乳白色の朝焼けに、その光景は酷く似合いで美しさのあまり息を呑む。
手を伸ばせば触れられる、けれど触れたらこの世界が壊れてしまいそうで手を伸ばせない。
呆然と目に痛いくらいの色彩を、色とりどりの蝶を見ていた。
赤、青、黄、緑、橙、黒、白。
そんなありきたりな色では括れないくらい微妙な色の違いを目にして尚、頭に浮かぶ感想はといえば平凡なのもで。

ただ、『綺麗』だと。



そんな言葉くらいしか浮かばなかった。
目の前にあるこの光景はこの世のものとも思えず、これは夢なのだと知る。
幻想的というにはあまりにも幻想的。
現実ありえたなら誰もが心を奪われてしまうだろう。
儚い、故に美しい。
それはとてもとても綺麗なのに、涙が出るほどに儚かった。
蝶蝶雲が流れていく空を、優雅に舞う蝶は光の螺旋となってゆっくりと消えていく。
蝶の輪郭から薄れていって、まるで色が飛んでいるようだった。


消えてもまだ瞼の裏にチラついている色が、焼きついてはなれない。






+ + + + + + + + +







夢の境界線




















覚醒した瞬間に目に飛び込んできたものはというと、うざったいくらい自分に密着した浦原の腕だった。
スイッチが切り替わるように、あっさりと目がさめたのは眠りが浅かったせいか。
なんにせよ、首に巻きついている腕をはがさねばなるまいと気だるい体を動かした。


「・・・ぉはようございマス」


後ろから抱き込まれるようにしているので、表情は全く見えないが声はずいぶんと眠たそうだ。
もしかしなくても起こしてしまったか。


「オハヨ、首絞まるから離せ」


自分も寝起きのはずなのだが、舌ばかりが良くまわる。
頭の中にはまだ空を舞う色彩が薄ぼんやりと残っているのに、思考そのものは明瞭だ。
布団に移った仄かな体温と、直に肌に触れた体温とを同時に感じながらみじろぐと浦原の腕が緩んだ。


「浦原、」


「まだ起きるには早いですよ・・・」


空はまだ白み始めたばかりで、確かに起きるには早すぎる。
二度寝するには丁度いいくらいだが、なにやら目が冴えてしまってしかたがない。
強烈過ぎる目覚めに鼓動が逸る。
とてももう一度寝る気にはなれなかった。
今もう一度寝なおしても同じ夢が見られるとも思えず、その余韻はまだ響いている。


「・・・・・俺起きるからな」


「えー、」


「まだ寝てていいから」


力の抜けきった浦原の腕をすり抜けて布団から出ると、ひんやりとした空気が肌に触れる。
半開きになっていた障子戸を開けて縁側に座ると、朝の匂いがした。

雲に隠れた弱々しい太陽の光はだんだんと強さを増していき、空も段々と色が変わっていく。
夢のような乳白色の空ではないけれど、現実の空も変わらず美しい。
蝶はなくとも、この世界を美しいと感じる。

ただもう一度見ること叶うならばと、思うだけで。



「黒崎さんのばーか」


伸びてきた腕は飽きもせずに首に絡みつく。
暑苦しい、と小さく呟くと逆に密着された。
背中に耳を耳をぴっとつけて、ぎゅうと抱きしめられた。


「誰がバカだ、このひっつき魔」


裏拳で弱々しくコツンと顔面に当てると、痛くもないくせに浦原は痛いと大げさに嘆いてみせる。


「うるせえなぁ・・・・眠いなら一人で寝ろよ」


「黒崎さんがいるのに一人寝なんて嫌ですよぅ、一緒に寝ましょう?」


甘えた風に言う浦原と自分との境界線がだんだん分からなくなってくる。
そうするのも嫌いじゃないから強く拒めないのだなぁ、としみじみ思う。
まだ頭の中にひらひら蝶が舞っているけれど、この腕を愛しいと思う。

夢に見た景色ではないけれど、この空がとても好きだ。
この家の庭から見上げる空はとても暖かい。
暖色系の色が満ちていてとても落ち着ける。

それはやっぱり一人ではないから、すぐ側にある存在を感じていられるから。


「なぁ、浦原」


「なんでしょう?」


「イイ夢みれた?」



蝶の夢を見た。
紡ぐ光の螺旋。
躍る光の蝶蝶。
空に消えて、空との境界線がなくなって一つに溶けた。

心引かれる情景だった。




けれど、現実に勝るものはないとおもえる。




「貴方が隣にいるのに、ワルイ夢見るわけないでしょ」



降ってくる言葉とキス、どんな夢よりもこっちの方がいいに決まってる。
ぴったりとくっ付いた半径3メートル以内の世界。


「黒崎さんは、アタシ放って何してたの?」


「、蝶を見てたんだ・・・もう、どうでも良くなったけど。」







現実で見る夢は、こんなにも暖かいから。