知らなかった事を、知りませんでした。


この7月15日という日を、実はちょっとだけ意識していたのです。
カレンダーを見ては近づいてくるその時を、ちょっとだけ疎ましく思いながら、とっても楽しみに思いながら。最近はすっかり夏っぽくなって、外を掃くのもちょっとゲンナリ。
それでもその日が来るのが楽しみだったから、後一日我慢すれば彼に会えるから、暑くていやになっちゃうぐらいの気候でも頑張って『ほぼ一人で』お掃除しました。
ジン太君、テッサイさんに怒られてもアタシは無視しますから。だって、明日なんです。明日は7月15日なんです。

黒崎さんの、誕生日なんです。


期末テストが終わって、きっと明日は久しぶりに来てくれる。
最初にあったころはなんだか怖い人だなって思ったけど、黒崎さんはとっても優しかった。
しばらくして分かったことなんですけど、黒崎さんは小さい子供と女の子にとっても甘いんです。
きっと妹さん達のせいもあるんだろうなぁ、優しくされて嬉しくない人なんていないでしょ?
だから私、黒崎さんのことは嫌いじゃないです。たった一つのことを除いたなら、素直に大好きですっていえるんですけどね。
きっと喜助さんは明日朝からご機嫌なんだろうな・・・ちょっと腹が立ちます。
とっても複雑な心境のままお掃除が終わって、箒を片付けようとしたら今まさに出かけようとしている喜助さんとはち会いました。
お出かけ?まさか黒崎さんの誕生日プレゼントの用意にでもしにいくんだろうか。


「喜助さん、お出かけですか?」


ちょっと・・・かなり興味があったので私にしては珍しく喜助さんが自分から言う前に尋ねてみた。


「ああ、うん。ちょっと急な用事が出来てね・・・多分帰りは明日の夕方ぐらいになると思うんだけど」


え、嘘。
思わずそういいそうになって慌てて口を手で塞いだ。


「ウルル?」


「あ、なんでもないんです・・・お仕事ですよね」


「そんなところだよ、おみやげ買ってきてあげるから」



そういって頭を撫でてくれる様子があんまり優しかったから、きっともう黒崎さんとは約束済みで夕方から遊びに来てくれるんだろうと勝手に思い込んでしまった。
だって、まさか知らなかったなんて知らなかったんです。
あの黒崎さんを溺愛するのがライフワークみたいな喜助さんが、まさか誕生日を知らなかったなんて。



ついにきちゃいました、7月15日。
そんでもってきちゃいましたよ、黒崎さん。

あれ?って思った。
蝉の鳴く声がミンミンミンミン五月蝿い。
ちょっと黙ってて欲しい。今色々考えてるんだから。ええと・・・とりあえず。

「あの、熱射病になっちゃうといけないから・・・中に」


って、言ったはいいんですけど何がなにやら分からなくて・・・。
約束、してないの?疑問符でいっぱいの私にさらに発破をかけるように黒崎さんが言った。

「あー、浦原今居るか?」


・・・なんとなく頭の中が整理できた、ように思えます。ようするにコレはきっと。


「店長?今留守にしてんぜ、アンタのテスト今日終わりだって知らなかったんじゃねぇ?」



黙りきった私の代わりにジン太君が答えた、今日も掃除はしてないけど。
そう、まさかそんなことないと思っていたのだけれど喜助さんはきっと今日が何の日か知らなかったんだ。


「・・・・そうかも」

そうかも、じゃないでしょう黒崎さん!!だって、だって今日は黒崎さんの誕生日なのに。テストの終わりの日すら教えてなかったなんて。


「まあ、夕方頃には帰ってくると思うケドな。何か約束でもしてたのか?」


私はしてると思ってたんだけど・・・思ってたんだけど。
ああ、もうなんなんだろう。とてつもなくじれったい。じれったいよぅ!


結局私は何もすることが出来ず、黒崎さんが家に帰るのを見送ってしまった。







喜助さんが帰ってきました。
もう茜色の空、夏でこの空色ってことはもう黒崎さんのお家はそろそろ夕食時ってことなんです。
つまり、もう黒崎さんの門限は過ぎているのですよ。
これがどういうことか・・・・・・分かります?


「ただいま」


「・・・・・お帰りなさい」


暢気におみやげを渡してくる喜助さんがなんだか憎たらしかったので、悩みきった挙句私は一つの結論を出しました。


知らないフリをしつづけてやります。
もう、教えてあげません。
後から思いっきり後悔してください。



「ウルル・・・どうかした?」


そうかもしれません。ああ、なんで私がこんなに心配しなくちゃいけないんだろう。でもいいよ、もういいよ。はぁ・・・なんで私はこんな人を好きなんだろう。








結局私は放って置いたのだけど、なんだか丸く収まったみたいで・・・・・・なんだかなぁ。
私の心配は全くの無意味でした、おしまい。