薄い文庫本をぱらぱらとめくる。
面白いの?と背後から尋ねられて、一瞬逡巡してから『まあまあ』と答えた。
長時間そうしていたせいか腕がジンジンと痛む。
手を持ち替えて読みやすい体勢に変えるとベッドのスプリングがギシギシ嫌な音を立てた。
それがいやに部屋に響くものだからなんだか居たたまれないような気持ちになる。
浦原は時々何の意味も無く部屋に突然やってくる事がある。

しかも部屋の窓から。
それは主に夜もふけた頃なのだが、真昼というときもある。
ただ、例え日が高かろうが低かろうが入口は窓である。
何度止めろと言ったって聞くはずがないのだから、もう口にする気も起きなかった。
部屋に来る目的も、始めは何かしらあった。
ルキアの体の様子を見に来たりとか、そんな些細な事でも一応理由といえるなら。
それこそ『暇だったから』とかわざわざ口に出していったのはもうずいぶん昔の事のように思える。
今は、というと。
気付いたらそばに居て、それが普通になってしまった。


「黒崎さん」

名前を呼ぶのは、合図のようなもので。
無視できない、暗黙の了解で。

顔を上げると、目の前に裏腹の顔があった。
僅かにたじろいで、小さく軋むベッドの音を聞きながら気付いたらもう腕の中。


意外と、甘えたがりだと知ったのはつい最近。
ただいるだけなのに、肩を落としてたまにこちらに視線をやっていることに気付いた時は心底驚いた。
驚きすぎて、思わず『アンタ馬鹿だろ』とか可愛気の無いことを真面目に言ってしまった。
トーンの落ちたその声に一瞬だけ顔を伏せたのを見つけたら、こっちが逆に困ってしまう。

少しだけ考えて、その末に仕方なく腕を伸ばして浦原の背中に手を回した。
ニ、三度ぽんぽんと背中を叩いてそっと抱きしめた。
そうしたら、顔を見なくても分かるくらいあからさまに雰囲気が和らいだ。
今、笑ってるのかな。
顔は見えなかったけど、そんな気がした。

何度かそんなことを繰り返してある日浦原が逆に抱きしめてきた時、不覚にもかわいいと思ってしまったのは誰にも秘密である。


ぬくもりを分け合うようにひっついて、ただそれだけのことを毎日毎日繰り返す。
それも悪くないのだけど、逆にそれがとてつもなく恥ずかしい。


たまには『貴方に会いにきました』くらい気の利いたセリフを言ってくれてもいいと思うのだけれども。