あまりにも強大な力を得れば人は過信する。

己の下を見、自分の力を知れば人はより貪欲になる。
強さこそが全て、力の強いものが世界を生きる上で上位に立つのだと。
それを分かって上手く力を使いこなした者が勝ち、そんな世界を。

そんなことはごく当たり前のことで、誰もがそれを知っていると思った。
例え意図的に思わなくても、体感すれば誰もが分かることだと、そう思っていた。



あの少年に出会うまでは。







+ + + + +




まず一番最初の感情。
呆れ、としか形容しようもないカラッポなものだった。
よくもまああんな強大な霊気を包み隠そうともせず、いままで生きてこられたと驚き混じりの呆れ。
この先どうなるかは想像に難くなかった。己の力を知らぬ幼い子供、守る術をもたないのなら『餌』として消え果るのみ。
きっかけすらなければ今ごろそうなっていたかもしれない。
彼は、あまりにも己の力に無頓着だった。
溢れ、零れ落ちるほどの力に気付きもしない。
その才を欲そうとも、得られずに苦汁を舐めて生きなければいけないものなどごまんといるのに。
彼はあまりにも幸せだった。何も知らない、子供ゆえの無知という武器。子供は好きじゃない。
はっきり言えば嫌いだ。何も知らない、子供だからと理由付けして庇護されている存在などとてもじゃないが好きにはなれなかった。
だから、どんなに気を惹かれても手を出さずに無視を決め込むつもりでいた。

けれど、それは結局過去形になってしまった。
今現在、現在進行形で彼に関わってしまっている。
あっさりと、打ち破られた。結局は好奇心に負けてしまった。好奇心、猫を殺す。
猫どころか元とはいえ死神まで殺すか。
なんとも、愚か。あまつ、どうしようもないくらい深みにはまってもう手放せないときた。
まったくもってイレギュラー、あまりにも異端。まだほんの子供、自分の何十分の一だって生きちゃあいない幼い存在に何故ここまで揺さぶられなければならないのか。

目をひく鮮やかな夕焼け色、憎らしいとさえ思った。
嫌が応にも目に付いてしまう、焼きついて離れない色がじわじわと侵食していく。
おかしい、と。
それは自分がか、それとも彼か。
力を扱いきれない彼を導いてやりたいと思った。
助けてやりたいと・・・否、借りを作らせたいと思った。
自分は狡賢い大人だから、どうにかして捕らえなければならないと思って子供の無知を逆手に取った。
未発達な体で必至になって向かってくるその存在を目で捕らえた時、歓喜に打ち震えたことを誰も知らぬだろう。

一瞬でもいい。
もしも彼がただ一人、自分だけを見たらと思うだけで笑いが止まらなかった。

もうこらえようとも思わない。



「ねえ、黒崎さん」


握り締めた煙管をカン、と床に小さく打ちつけるとその音は弱く長く響いた。



「もしも・・・」



それは誰に聞かせるでもなく、あえて言うなら己に。
ただ確認のように、ようやく形を成して固まった感情を確かめるように。
湧き上がってくる感情を抑えるように。
ゆっくりと息を吐き、言の葉に乗せた。





「もしもあなたを、好きだと言ったら」







どうしますか、と。