冷たい指先が、床に散らばったガラスの破片を一つ一つゆっくりと拾い上げていく。
割れてこなごなになったガラスがカーペットの上に散らばり、頭上からの光源がそれを照らすと反射した光が目に痛い。
しかしそれはとても綺麗で、ゆっくりゆっくり、破片を拾い上げる。
「なにやってんだよ、馬鹿」
「・・・・っるさい」
隣室のドアを空けた火口がかちゃかちゃと小さく音を立てるそれに反応して見にいってみれば、指先に血を滲ませながらガラスの後片付けをしている奈南川の姿。
言葉を選ぶ間も無く、視界に入った瞬間に軽い嫌味も含めて尋ねると奈南川はめずらしく焦ったような感情を含ませた声で答えた。
床に座り込んでいる奈南川のすぐ後ろまで来て、気づく。
安っぽい駄菓子のような、甘ったるい匂い。
強く香るそれはカーペットに黒い染みを作り、奈南川の白いシャツの袖を濡らしていた。
まさかと思って割れた瓶が集められている中から一番大きな欠片を手にとってみる。
破れて読みにくいが、ラベルには確かに書いてあったのだ。
「・・・・・・これ甘酒じゃねえか」
「っ、俺が飲んだら何か悪いか!」
「いや、別に悪いとは一言も言ってな・・・」
「うるさい、馬鹿!」
座り込んだままの奈南川が上体だけこちらにふり返って瓶の欠片を火口から取り上げた。
正面に向き合ってみると、奈南川の頬が僅かばかり赤らんでいた。
「お前、まさか甘酒で酔ってるのか・・・・・」
「酔ってない!!」
古今東西、酔っ払いは皆同じ事を言うらしい。
他の面々は勿論、火口の前でさえポーカーフェイスを崩さず毅然とした面持ちの奈南川の顔は今、おおいに緩みきっていた。
頬と目の縁が赤らんで、目は焦点が合わずにトロンとしている。
「ああ、ハイハイ。分かったから、それ放せ。指が切れてる」
細い奈南川の手首を掴んで、目の前にもってくる。
深くはないが、両手が数ヶ所切れていて痛々しかった。
「酔ってないからな・・・・」
「分かってるよ、だから放せ」
ぐずるように呟いた奈南川の言葉を肯定して、火口は笑った。
それにムッとした奈南川が何か言い募る前に、火口は自分の指を奈南川の手に絡めて強引に口付けた。
「甘いな」
甘ったるい、けれどたまには悪くない。
※3月3日に日記に掲載した物です