床に4台のノートパソコンと周辺機器とコード、そして厚めのファイル数冊だけが乱雑に置かれた殺風景過ぎる部屋の中で男は静かにファイルを見つめていた。
ヴヴヴ、と小さく起動音を立てるパソコンの隣ではもう1台のパソコンではスクリーンセイバーが延々と流れている。
黒の画面にうねる光の渦が消えてはまた再構築される。
くるくる廻る光の渦、ガラスが割れるように消えて一瞬キラキラと小さな光が画面一杯に煌いてまた一つの渦となる。
音もなく、広い部屋には機械の塊の熱と唯一の人の僅かな温度しかなく冷たい部屋だ。
男は一枚の書類を手にとったまま音も立てず微動だにしない。
音といえばパソコンのたてる小さな音だけで、生活感の欠片もない部屋はどこか異常ともいえる。
その中心に立つ男は後10分ほどその状態を保っていたかと思うと手に持っていた紙をパッと放してフローリングの床にストンと座り込んだ。
それを追うようにA4紙がヒラヒラと落ちてくる。


「これは、面白い」

男は一言一言噛み締めるように音を発した。
かすかな笑みを含んだ表情は長い前髪に隠れてよく見えない。
けれど気配で笑っているのがわかるほど男は高揚していた。
長く骨ばった指でトントン、とフローリングを叩きクスクスと笑う。

こんな至高の存在はきっと他に無い、掠れた声で言いながらキーボードに指を滑らせると一定の速さを保ったカタカタという音が数秒響き画面上には一枚の写真が表示される。
男はそれを見てまた満足げに笑う。さも楽しそうに、ただの写真を見て笑うのだ。


「夜神月・・・・・」

ディスプレイ上の動かない姿を指で辿ると、男の背筋にゾクゾクと冷たい物が走った。ほんの僅かに鼓動が早くなり頭に血が上ったようにぼぅっとしてくる。
まだ名も知らぬこの胃から競りあがってくるようなこの激しく重い感情に男はどうしようもなく興奮した。
理屈ではなく、なんのきっかけもなく、それは突然訪れた。
どうしようもなく惹かれた、惹かれざるをえなかった。
写真の中の夜神月の目は緩められ優しそうに微笑んでいる。
けれど、何処かつまらなそうな。
なにか、物足りなさそうな。


直感した。
『コレ』は私と同じ種類の人間だと、そう思った。
そして同時に知る。
もう既に始まっている事を。
そう遠くない未来に自分と彼は邂逅する。
少なくない犠牲を伴って、相対することになるだろう。
それを思うと冬の朝の澄んだ空気のように、とても清廉でとても冷たくて痛いその空気がまるで今目の前にあるかのように感じた。
早くそれを直に感じたいという欲求が頭を擡げ、どんどん膨らんでいく。
そのためなら例えそれがいくら死体の山を築こうと、どれほど血が流れようとも構わないと思えるほどに、抑えがたい欲求だった。
まだ完璧でない未完成な存在だが自分が会う頃にはより完璧に近づいていることだろう。まだ先の、未来がとてもとても楽しみでそれを思うと笑わずにいられない。
早く、会いたい。

男は手を止めて床にゴロリと寝転んだ。
両手で顔を覆うようにしても、まだ笑いは止まらない。


「貴方が私に会うまでどうか幸せでありますように」


祈りのような独り言はゆっくりと溶けていく。
会ってしまったら、まるで鏡あわせのように同一で対極な存在が出会ってしまったなら、あとはただ転がり落ちるだけだから。だから、そのときまでは幸せでいて。


そして、どうか早くここまでたどり着いて。
そう、祈るよ。