「綺麗だな」
火口はいつもそういって、口付ける。
長い指で唇をなぞってから貪るように口付けた。
「綺麗だな」
もう一度、その言葉を噛み締めるように言う。
好きだとか、そういう感情に関することは一切言わない。
ただ綺麗だと言って、それ以上の言葉なんて無い。
火口は綺麗なものが好きだ。
だから、これはヤツの俺に対する最高の賛辞だ。
綺麗だから、理由はそれだけ。
それ以上でも、以下でもなく、ただそれだけ。
嬉しい、というよりは安心するその言葉は割と頻繁に火口の口から漏れる。
別に俺に限ったことでなく、火口は綺麗なものには目が無かったからだ。
種類問わず、ただ単に美しいものを愛でて楽しむのが好きなのだ。
髪を撫ぜる手を掴んで、上体に覆い被さった火口の目を見た。
少しだけ、笑っていた。
「なんだ?」
何だと聞かれても困る。
本当はそれを言いたいのはこっちの方なのに。
別に、火口の審美眼がどうとかこうとか言う話はどうでもいい。
綺麗なものが好きなのは知っている。
それでヤツが言うには俺は綺麗なんだそうだ。
しかしそれがどうした。
綺麗だといわれても、どう答えていいのやら非常に困る。
軽く流してしまえばそれですむのだけれど、何だか気に食わない。
そう・・・気に食わないのだ。
なのに口は勝手に動く。
「なんでもない」
平坦な口調で、あっさりとその言葉が口を突いて出た。
「ならいい」
そういって、火口は俺のシャツのボタンを外し始めた。
その間にも、俺は考えている。
どうしてこうも自分が見事なまでに可愛げが無いのだろうとかこうとか。
なんでもない、の一言ももっと感情を込めたなら相手も少しは気にするだろうに。
意地を張っている訳ではない・・・・と思う。
けれど火口を相手にすると会話の一つ一つに気を使いたくなるというか・・・言葉一つ返すのにも無駄に考えすぎてしまう。
そうした結果こうなってしまうのだ。
結局、自分はどうしたいのだろう。
綺麗だといわれる。
それが気になる。
いいとか、いやとかすらも分からない。
どうすればいいのだろう。
どうすればこの陰鬱とした気持ちは晴れるのだろう。
自問自答している内に、火口の行為はエスカレートしてもう何も考えられなくなってしまう。
思考がどろどろに熔けきって、気付けば朝。
ベッドに火口は居ない。
いったいどうしたものか。