NO TITTLE



さわさわと風が草原を吹き抜ける。短くなった髪が揺れて少しだけくすぐったい。
今日も空は青い。薄暗くどんよりとした空は消えたんだ。
いつもより少し流れの速い雲が、それでもゆっくりと頭上を流れていく。
深呼吸をしてからぐ、と伸びをすると、一瞬だけ色々な物から解放されたような、
軽い気持ちになる。しかし実際にはそんな事は無く、又暗く重たい物が心の底で湧き上がる。
思いっきり首を横に振って、考え込まないように思考を拡散させる。
今日だけは、駄目。
慌しくて忙しくて、肉体的にも精神的にも疲れてきたであろう頃合にジェイドから提案された
半日だけの休息。暗い顔なんてしちゃ駄目だ。何も気付かせちゃいけないんだ。

「……ふぅ」
「おやおや、大きな溜息ですね」
「!」

驚いて振り向いた先には、柔らかな風を受けてなびく髪を後ろに流しながら、いつもの笑顔を
浮かべて此方に向かってくるジェイドがいた。
隣まで来るのを待って、口を開く。

「どうしたんだ?」
「何がです?」
「何処で何しても構いません、半日だけ自由にします、って言ったのジェイドだろ」
「なら私が何処で何しようとも自由でしょう?」
「…そりゃそうだけど…」

何時もの如く口で反論も出来ないので吐き出されなかった言葉をもごもごと口の中で転がす。
俺の事探しに来たのかな、それとも偶然?偶然こんな所にきたとでも?いや、でも期待なんて
するのはなんとも痴がましい事だ。だけど―――
ぐるぐると心の中で消化出来ない思いが回り続ける。
「私は"此処"に居たいから居るんです。無駄に考える必要なんてありませんよ」
"此処"って何処?この今いる草原?それとも…
頭の中では変に考えが回っているのに身体はとっくに答えを理解していて、彼の名を呟いた後
にゆっくりと頬を緩めた。
少しだけぼやけてしまった視界に普段ならあまり見られない驚いた顔がうつる。
ジェイドの顔から視線を逸らした時に目の端から水分が少し飛ぶ。
二歩、三歩、前に出てから振り返って又笑顔。
それにジェイドは微笑みで返してくれて、これ以上に無いくらいに笑みを深くする。

空は青い。風が気持ちいい。あぁ、今日はなんて良い日だろう。
















鮮明に思い出す、綺麗な笑顔。
何故か朝からずっと、ずっと記憶から溢れ続ける小さくも大きい、あの子供の笑顔。
仕事は午前中で切り上げた。足は真っ直ぐにあの場所へ。
小さな森を抜けて、浅い川を渡り、暫く続く獣道を黙々と進む。
木々の隙間から見える空は、あの日のような澄み切った空。青が目に痛い。
前方に目線を戻して目印の岩を曲がる。
視界が開けた。後少し。
さわさわとあの日のような風が頬を撫でる。
見えた。

『ジェイド』

草原は変わらなかった。変わらずに葉が風に揺られ、風が何処からか薄い桃色の花びらを
運んでくる。
考え込むのが癖になってしまった子供。
自分の一言に弾けるような笑顔を向けた子供。

「こういうのを女々しいと言うんでしょうね」

面影を追いかけて、追いかけて、結局何も見つけられない。
柄じゃない。

『…ジェイド』

なんて声で名前を呼ぶんだろう。
見上げた先にある空は、澄み切っていて、やはり青が目に痛かった。